なんだろう、邪魔になっていたんだろうか。
 不安になりつつそちらを見ると、確かに男のひとが立っている。
 若い男のひとだ。大学生くらいだろうか。
 でも随分軽そうな見た目をしていた。
 髪は金髪に染めているし、ピアスまでしている。
 『そういうこと』に縁のない美久でもすぐにわかってしまった。
 でも信じられない気持ちになる。
 まさか自分にこうやって声をかけてくるひとがいようなど。
「このクマさんすごくかわいいよね。ピンクが好きなの?」
 言われた言葉は美久の想像通りであることを示していた。
 あまりにフランク……というか、もはやなれなれしい言葉。
 胸の中がざわざわとする。恐ろしさが這い上がってきた。
「あ、……はい……」
 やっと答えた。声まで震えそうだった。
 わかっていた、「すみません、急ぐので」とか言って、さっさと行ってしまったほうがいい。
 そうしたら街中なのだから追いかけられることもないだろう。
 でもこうして自分に話しかけられていること、それ自体が美久にとって、枷になってしまっていた。会話を切るのも素っ気ないことを言うのも恐ろしい。怒らせてしまっては、と思うのだ。
 美久のその、どっちつかずな反応を、金髪の男はどう思ったのだろう。笑みを浮かべた。美久を飼いならすような笑みだった。
「実はさ、俺の妹へのプレゼントを見に来たんだよ。きみ、こういうの好きなら一緒に見てくれないかなぁ」
 言われて、今度こそ恐ろしさが胸に膨れた。
 一緒に、などとんでもない。今すぐこの場を離れたいのに。
 それにこんなことを言ってくるなんて、良くないひとに決まっている。
 はっきり言ってしまうならナンパである、これは。
 自分がまさかターゲットになるとは思わなかったけれど、一応若い女の子。女子高生。それで声をかけられてしまったのだろう。
 断らないと、「急ぐので」って言わないと。
 自分に言い聞かせたのだけど、その声は出てこない。
 進退窮まったときだった。
「あ、こんなとこにいた!」
 不意に違う声がした。美久はまたしてもびくっとすることになる。それも男のひとの声だったので。
 でも不思議なのは、その声はどうやら自分に向かって発せられたらしいということ。
 ばっとそちらを見ると、確かに男のひとがそちらにいた。
 ふわっとした茶色の髪、高い背丈、そして美久と同じ色の制服……。
 あっ、と言うところだった。声は出なかったけれど、目は丸くなっただろう。
 そして美久のその表情で、向こうもわかってくれたらしい。
 ……美久が『彼』を覚えてくれていた、というのは。
 彼は美久に向かって、つかつかと歩いてきた。近くまで来て、にこっと笑う。
「探したぜ。待たせて悪かったな」