「待たせたな。すまん」
待ち合わせ場所で待つこと十分ほど。やってきたのは蘇芳先輩。
待ち合わせていたのは校舎一階の昇降口だ。
外で待ち合わせてもいいのだけど、もう随分寒いから。蘇芳先輩が気遣ってくれたのだ。
その気遣いはもうひとつ。
同じ部活なのに、わざわざ美術室から離れて待ち合わせをする理由。
部活から「さぁ帰ろう」と連れ立って帰るのはあからさまだからだ。
見せつけるようにならないとも限らない。
それはいらないやっかみを買ってしまう可能性だってあるだろう。
部員はもうみんな蘇芳先輩と浅葱の交際を知っているとはいえ、実際に目にして感じる気持ちは別だから。
そういうところまで気遣ってくれる蘇芳先輩はやっぱり、浅葱にとって尊敬できるひとなのであった。
「いえ、お疲れ様でした」
浅葱は自然に微笑んでいた。
まだ緊張はしてしまう。付き合って半月も経っていないのだ。当たり前だろう。
けれどだいぶ慣れてきた。
今度は蘇芳先輩の彼女としても立派な存在になりたい。そう思うから。
「じゃあ帰るか」
昇降口で靴に履き替えて外へ出る。ぴゅぅっと冷たい風が身を包んで浅葱は思わず首をすくめた。
コートを着てマフラーをしているから直接風は当たらないのに寒さはどうしようもない。
「今日は冷えるなぁ。風邪なんか引くなよ」
校門を出てしばらくしてから蘇芳先輩の手が伸ばされた。浅葱の手をそっと握ってくれる。
これだって同じなのだ。なるべく人目につかないようにしてくれる。
ずっと尊敬してきて、大好きで、片想いをしてきて、おまけに……これはちょっと性格の悪い思考だけど、格好よくてモテモテの蘇芳先輩が彼氏なのだ。みんなに祝福してほしい気持ちはある。
けれどそんなことは傲慢すぎるし、そんなアピールするような子は蘇芳先輩だってがっかりしてしまうだろう。
だから、謙虚に、謙虚に。と浅葱は自分に言い聞かせていた。
彼女としてだって蘇芳先輩に恥じないような存在でありたいから。
「はい。風邪を引いてる暇なんてないですもんね」
「ああ。冬季賞の作品作りの時間をなくすなんて勿体なさ過ぎるからな」
握られた手はほかほかとしていた。先輩の優しい心を表すように。
この手のあたたかさにもだいぶ慣れた。まだどきどきしてしまうけれど、それは心地いいどきどきだ。
「あの、蘇芳先輩」
浅葱はそっと蘇芳先輩を見上げた。蘇芳先輩は、今は恋人としての目で「ん?」と返事をしてくれた。
「私を任命してくれてありがとうございました。精一杯やります」
改めて決意を伝える。蘇芳先輩はあのときと同じ。部長の目になってふっと笑った。
「ああ。六谷なら安心して任せられる」
浅葱のほうもあのときと同じ。新・二年生リーダーとしての責任感を抱いた気持ちで「ありがとうございます」と返事をする。
「しかし言っておくが、俺は贔屓したんじゃないぞ」
蘇芳先輩はふと違うことを言った。浅葱はきょとんとしてしまう。
贔屓?
「六谷がこれまで頑張ってきたのをずっと見てきた。その努力する様子は、みんなの上に立っても発揮されると思ったんだ」
続けられた言葉で浅葱はやっと理解した。それはとんでもない誤解だった。
あわわ、と胸の中で慌ててしまう。
「そんな! 先輩はそんな気持ちで次のリーダーを決めるなんて、するはずないじゃないですか!」
待ち合わせ場所で待つこと十分ほど。やってきたのは蘇芳先輩。
待ち合わせていたのは校舎一階の昇降口だ。
外で待ち合わせてもいいのだけど、もう随分寒いから。蘇芳先輩が気遣ってくれたのだ。
その気遣いはもうひとつ。
同じ部活なのに、わざわざ美術室から離れて待ち合わせをする理由。
部活から「さぁ帰ろう」と連れ立って帰るのはあからさまだからだ。
見せつけるようにならないとも限らない。
それはいらないやっかみを買ってしまう可能性だってあるだろう。
部員はもうみんな蘇芳先輩と浅葱の交際を知っているとはいえ、実際に目にして感じる気持ちは別だから。
そういうところまで気遣ってくれる蘇芳先輩はやっぱり、浅葱にとって尊敬できるひとなのであった。
「いえ、お疲れ様でした」
浅葱は自然に微笑んでいた。
まだ緊張はしてしまう。付き合って半月も経っていないのだ。当たり前だろう。
けれどだいぶ慣れてきた。
今度は蘇芳先輩の彼女としても立派な存在になりたい。そう思うから。
「じゃあ帰るか」
昇降口で靴に履き替えて外へ出る。ぴゅぅっと冷たい風が身を包んで浅葱は思わず首をすくめた。
コートを着てマフラーをしているから直接風は当たらないのに寒さはどうしようもない。
「今日は冷えるなぁ。風邪なんか引くなよ」
校門を出てしばらくしてから蘇芳先輩の手が伸ばされた。浅葱の手をそっと握ってくれる。
これだって同じなのだ。なるべく人目につかないようにしてくれる。
ずっと尊敬してきて、大好きで、片想いをしてきて、おまけに……これはちょっと性格の悪い思考だけど、格好よくてモテモテの蘇芳先輩が彼氏なのだ。みんなに祝福してほしい気持ちはある。
けれどそんなことは傲慢すぎるし、そんなアピールするような子は蘇芳先輩だってがっかりしてしまうだろう。
だから、謙虚に、謙虚に。と浅葱は自分に言い聞かせていた。
彼女としてだって蘇芳先輩に恥じないような存在でありたいから。
「はい。風邪を引いてる暇なんてないですもんね」
「ああ。冬季賞の作品作りの時間をなくすなんて勿体なさ過ぎるからな」
握られた手はほかほかとしていた。先輩の優しい心を表すように。
この手のあたたかさにもだいぶ慣れた。まだどきどきしてしまうけれど、それは心地いいどきどきだ。
「あの、蘇芳先輩」
浅葱はそっと蘇芳先輩を見上げた。蘇芳先輩は、今は恋人としての目で「ん?」と返事をしてくれた。
「私を任命してくれてありがとうございました。精一杯やります」
改めて決意を伝える。蘇芳先輩はあのときと同じ。部長の目になってふっと笑った。
「ああ。六谷なら安心して任せられる」
浅葱のほうもあのときと同じ。新・二年生リーダーとしての責任感を抱いた気持ちで「ありがとうございます」と返事をする。
「しかし言っておくが、俺は贔屓したんじゃないぞ」
蘇芳先輩はふと違うことを言った。浅葱はきょとんとしてしまう。
贔屓?
「六谷がこれまで頑張ってきたのをずっと見てきた。その努力する様子は、みんなの上に立っても発揮されると思ったんだ」
続けられた言葉で浅葱はやっと理解した。それはとんでもない誤解だった。
あわわ、と胸の中で慌ててしまう。
「そんな! 先輩はそんな気持ちで次のリーダーを決めるなんて、するはずないじゃないですか!」