「これ、受け取ってくれるか」
もう少し近くで見ようということになり、歩道橋から階段を降りてイルミネーションの前へやってきた。ちょうどベンチがあったのでそこへ座って、目の前にあるきらきらしたイルミネーションを見ていた、そのときだ。
蘇芳先輩がなにかを差し出してきた。
それは包みだった。青緑色の包み紙に白いリボンがかけられている。落ちついた印象のラッピング。
なんだろう。いや、プレゼントなのはわかるけれど、どうして。
不思議に思って蘇芳先輩のほうを見た浅葱に、蘇芳先輩はにこっと笑った。
「秋季賞のとき応援してもらったから。お礼だ」
「そんな、……こんな立派なもの」
自分はただ購買で売っていたチョコにメモをくっつけて渡しただけなのに。そのお礼にしては立派過ぎる。
思わず言ってしまった浅葱だったが、蘇芳先輩は小さく首を振った。
「そのくらい嬉しかったんだ。だから」
そう言ってもらえることのほうが嬉しいではないか。
浅葱は胸を熱くしながら、お言葉に甘えることにして「ありがとうございます」と受け取った。
包みはちょっと重さがあった。
中身はなんだろう。開けていいだろうか。
尋ねるように蘇芳先輩を見てしまったけれど「見てみてくれ」と促されてしまった。よって、またお言葉に甘えることにしてそっとラッピングを開いた。
リボンをほどいて、かさかさと紙を開けて出てきたもの。
浅葱は目を丸くしてしまった。
それは暗めの赤い色の手袋だったのだから。
手首のところにレースがついている。とてもあたたかそうでかわいかった。
「かわいいです!」
驚きのあとは、一気に嬉しくなってしまった。お礼を言う声は弾んだ。
「気に入ってくれたか?」
「はい!」
浅葱は胸をいっぱいにしながら手袋を手に取った。ふんわりやわらかくて、手触りがいい。
そこでふと思い出したことがあった。
赤い、手袋?
レースのついた?
その特徴。聞いたことがあるではないか。
……数学準備室に行ったとき。空き教室。聞いてしまったこと。
『手袋、手に取ってたな。なんか赤っぽいやつ』
まさか、これ?
思ってしまったが、多分それは当たっていると思った。
聞いたこととばっちり一致するではないか。
明らかに女の子向け。
赤い手袋。レースつきの。
知った瞬間、顔が熱くなった。
先輩が選んでくれたもの。
あれは自分のためだったのだ。
悪いほうに考えることなんてなかった。自分のことを大切に想ってくれている。その証のようなものだったのだから。
「六谷、手が冷たいだろう。だから手袋があったらいいなと」
そこでもうひとつ、思い当たった。
『そろそろ手袋、準備しないとなぁ』
『私も、そう考えてました。手袋、新しいの買おうかな、とか』
『なんだ、同じか』
笑って言い合ったこと。ライトアップを見たときのこと。
あれも、きっと覚えてくれていたから。
蘇芳先輩がどんなに自分のことを考えてくれていて、そして想い出を覚えていてくれたのか。
それが痛いほどに伝わってきた。
「ありがとうございます。きっとすごくあったかいです」
こんなの、もう既にあったかいよ。
心の中が、胸の奥が、一番深いところにある気持ちが。
あたたかく感じてたまらない。
浅葱は心の中でそう思った。
「六谷の手。いつも俺があっためてる気持ちになれたらいいな、と思って。それで、赤いのを」
ふと蘇芳先輩の声が変わった。ちょっと言いづらい、というようなものになる。
浅葱はあれ、と思った。どうして言いづらいのだろうか。
赤いのが特別なのだろうか。
自分は特別に赤が好きなわけではないけれど……。
赤。
それをつければ蘇芳先輩が『あっためてる気持ち』になるというのは……。
数秒考えてしまった。
けれどぱっと頭の中に浮かんだ。
きっとこの理由。
わかった途端、顔がもっと熱くなってしまう。
赤、にもいろんな色がある。
そして色の表現もたくさんある。
その表現のひとつ。
この手袋のような暗めの赤色。
日本の、和の色で表せる言葉がある。
黒みを帯びた赤い色のこと。
……蘇芳色。
「すごく、綺麗な色です」
もじもじしてしまったけれど言った浅葱。
その声からか様子からか、蘇芳先輩もわかってくれたらしい。空気が安心した、というものになる。
「ちょっと、キザっぽいかなとか思ったんだけど」
照れたように言った蘇芳先輩。その様子はどこか子供っぽくて。
浅葱の心の中が、ふわっとあったかくなってしまう。
「いいえ。私、」
ちょっとためらった。
でも蘇芳先輩がくれたのだ。
思い切った。
「この色が、とても好きです」
それは遠回しだったかもしれない。
でも浅葱にとっても、そして蘇芳先輩にとっても、きっとなによりはっきりした意味を持つものだっただろう。
「……ありがとう」
蘇芳先輩の言葉。そしてもう一度、伸ばされた手。
浅葱の手をあたためてくれるそれは、きっとあたたかな色を持った温度だっただろう。
帰り道は長く続いていた。今日、蘇芳先輩は浅葱の家のある駅まで一緒に電車に乗って、送ってくれたのだ。
「悪いです」「遠回りになりますよ」と遠慮した浅葱だったが、内心はとても嬉しかったし、それに。
「送らせてくれよ。もう彼女なんだから」
ちょっと照れた様子でも言ってくれた蘇芳先輩。それに浅葱の頬も熱くなってしまう。
それでお言葉に甘えて、一緒に電車に乗って送ってもらったのだ。
電車に乗っている間も、駅に着いて、階段を降りるときも、さっきの言葉が頭の中をぐるぐるしていた。
『彼女』
本当に、付き合っちゃったんだ。
彼女になれちゃったんだ。
とてもくすぐったい感触だったけれど、幸せだと思った。
ことによっては生まれてから一番幸せかもしれない、と思った。
初めて恋人ができたことも、それがずっと片想いをしていた蘇芳先輩であることも。
こんなに幸せでいいのかな。そんなことすら思ってしまう。
浅葱の家は駅前を出て十分ほど歩いたところにある。蘇芳先輩が家を知っているわけもないので「こっちです」と浅葱はいつも歩いている道を指差した。
「いいんですか、ちょっと歩きますけど……」
やっぱり遠慮してしまって言ったのだけど、蘇芳先輩はやっぱり首を振ったのだった。
「ダメだよ。結構遅くなっちまったから送らせてくれ」
確かに時間はともかくもう十二月なのだ。日が沈むのは随分早くて、もうほとんど真っ暗だった。
駅前を抜けて通りに出た。広い通りなので真っ暗で怖いということはない。ひともちらほら歩いているし、街灯が明るいのだ。
そんなところへ差し掛かったとき。
不意に手を差し出された。
浅葱はまた、どきっとしてしまう。
意味なんてわからないはずがない。
手を繋ごう、という意味に決まっている。
さっきまでしっかり手を触れ合わせていたのに、繋ぐのはまた別で恥ずかしくなってしまったのだけど、蘇芳先輩がちょっと手を上下に振った。
「手袋。まだタグを切ってないだろう」
「え、……はい。そうですね」
それは確かにそうだったので、浅葱はそのまま肯定してしまった。
その様子がおかしかったのか蘇芳先輩はちょっと笑った。
「それに。六谷の手をあっためられる気持ちになればいい、って言ったけど。こうして一緒に歩けるなら、その役は俺がいいな」
かぁっと熱くなったのは、顔と、胸の中。
嬉しくてたまらないと、心が騒ぐ。
恥ずかしい気持ちに顔は熱くなったけれど、確かに嬉しくて。
浅葱はどきどきしながら、そっと手を伸ばして蘇芳先輩の指先に触れた。
ほわっとあったかい体温が伝わってくる。
浅葱が触れたのはほんの少しだったのに、先輩はすぐに浅葱の手を捕まえてしまう。そしてきゅっと握ってきた。
手を重ねていたときよりも手の全体があたたかくなった。もう、熱いほどだった。
手から緊張と、でもそれよりもっとたくさんの嬉しさが伝わってくる。
しばらく歩く間、二人とも無言だった。
けれど居心地は悪くなかった。
毎日、歩いて行き帰りしている道。今は特別なものだった。
「あったかい、です」
浅葱の口から自然にその言葉は出ていた。それに答えるように蘇芳先輩の手が、きゅっと浅葱の手を握る手に力を込めた。
「六谷の手。冷たかったのに、ちょっとずつあったかくなってる気がする」
けれど言われたことにはまた恥ずかしくなってしまった。
先輩の手があたためてくれているのもあるけれど、緊張で胸を熱くしてしまっているせいもきっとあるから。そして蘇芳先輩もそれをわかってしまっているのかもしれないから。
顔を赤くしたのを見たらしい。先輩は笑みを浮かべた。
とても優しい笑み。今は『恋人』としてのものだった。
「こうしてずっと、あっためててやりたいな」
帰り道は幸せだった。十分くらいの道がどこまでも続いていればいいのに、とすら思う。
現実にはあっという間、と感じてしまうほど早く、家に着いてしまったけれど。
流石に恋人になったひとと手を繋いでいるのをお母さんなどの家のひとに見られるのはまだちょっと気まずいな、と思っていたのだけど浅葱が「そこなんです」と繋いでもらっていたのとは逆の手で指差したときに、そっと手は離されてしまった。
ほっとするやら寂しいやら。あったかかった手がすぅっと寒くなってしまう気がした。
でも蘇芳先輩の次の言葉にそんな気持ちはすぐに消えた。
「遅くまで悪かったな。じゃ、また明日、学校で」
遅くまで悪かった、なんて。こうして送ってくれるほど優しいのに。
浅葱は小さく首を振った。
「いえ、送ってもらえて嬉しかったです。ありがとうございます」
「当たり前だろ。毎日は無理かもだけど、できるだけ一緒に帰れたら嬉しいな」
浅葱の胸を熱く喜ばせるような、約束。
今日のとても素敵な出来事の一番最後はそれだった。
そう。幸せなのは今日だけではない。
続いていくのだ。これからずっと。
むしろここからがスタート。幸せな日々がはじまるのだろう。
それは今までの片想いの日々とは違っていて、でももっともっと幸せなものになるだろう。
十二月も半ばに入ろうとしている。冬季賞の作品作りも佳境に入っていた。
冬季賞は秋季賞より小規模なのだ。それは何故かというと春、三月にあるコンテストのほうが大規模だからである。そちらに力を入れるために冬季賞はコンパクトになっているらしい。
そういうものなので締切までの期間も短かった。
必然的に秋季賞よりも短時間で形になるようなものを意識しなければいけない。
浅葱の選んだ題材、ヨーロッパの街並みの絵もデッサン風に仕上げることにしていた。
街の絵なんて書き込みがいくらあっても足りないくらいだ。
なのでそれを逆手に取ってラフな感じを前面に出すことにしたのだ。
蘇芳先輩も「良さそうだな」と言ってくれた。
「ラフ感を出すなら余計に下絵が重要になるな。デッサンの狂いが命取りになるから」
そう言って何度も見てくれた。描いてみては見せて、指摘されたところを直して。その繰り返し。
少し前にそれもOKが出て塗りに入ったところだ。
塗りはあっさりめにする。手を抜くという意味ではなく軽いタッチに仕上げるということだ。
勿論蘇芳先輩とは部活のことだけではない。恋人同士としても順調に過ごしていた。
部活の日はほとんど一緒に帰るようになったし、たまに一年生のクラスにも来てくれる。
「六谷、いるか?」などと来てくれるので、浅葱との交際はすぐに公になってしまった。
けれど浅葱が蘇芳先輩に憧れている女子たちに嫉妬され、意地悪をされ……ということは幸い起こらなかった。
多分、蘇芳先輩がなにかしら言ってくれたのだと思う。
なにも言ってこなかったのは浅葱がそういうことを気にしないように、だろう。
でもここまでなにも起こらなければ先輩がしっかり手を回してくれたことがわからないはずがない。
そういう気遣いも、二重の意味で嬉しくて。
交際は順調だった。
十二月はそのままあっというまに過ぎてしまう気がした。部活では絵に集中して、プライベートの時間は蘇芳先輩と恋人同士として過ごせて。
けれどそんなはずがあるわけがない。あっというまに過ぎては困るのだ。
冬季賞の絵だって納得できる出来になるまで作りこみたいし、それにもうひとつ。
……蘇芳先輩との、お付き合い。
気になることがあった。
それは当たり前のようにクリスマス。あと二週間ほど。
きっとデートをしてくれるのだろう。優しい彼氏、……今や『彼氏』なのである。実感したりするのはまだ恥ずかしいけれど、とても胸が熱くなることだった。
それはともかく優しい彼氏・蘇芳先輩がクリスマスになにもないなんてことはありえないだろう。浅葱はそう思っていた。
でもクリスマスは冬季賞の締め切り直前なのだ。デートなどはできるかどうか。
別にデートがあとになっても構わない。冬季賞だって大事なことだし、自分だって直前の仕上げをしたい気持ちは強い。どちらが余計に大事ということはない。
だからどちらでも良かったのだけど……。
それより前に、ある『大事なこと』が起こったのだった。
その日の部活は作業ではないと言われた。そういうつもりで来てほしいと。それも全員参加を命じられた。
蘇芳先輩によって聞かされたとき、浅葱は既に察していた。
きっと美術部の今後のことについてだ。
冬季賞の提出が終わったら世代交代をすると蘇芳先輩は言った。
だけどすぐに「はいチェンジ」となるわけがないのだ。
次の部長になるひとや役職に就くひとが心の準備をする時間は必要だろう。
それが、きっと。
「どきどきするね」
授業と掃除が終わって部活へ向かいながら萌江と言い合った。
部長になるひとはわかっている。二年生の、いつも蘇芳先輩のサポートをしていた男子の先輩だろう。
副部長も現二年生だ。だから一年生の浅葱や萌江がなれるはずはない。
けれど少しは緊張してしまう要素があった。
二年生には『二年リーダー』という役職がある。名前の通り二年生の取りまとめと、それから一年生の面倒も多少は見る役目である。
そしてその役職は……三年生になるとき、部長になる可能性が高いというものなのであった。
自分が任命されるかはわからないけれど、仮にも一年生の中の一人である。可能性がなくはないのだった。
浅葱としては、なれたらいいな、という気持ちがほのかにあった。
蘇芳先輩の部長として、先輩としてとても尊敬できるところをずっと見てきたのだ。
自分も同じようになれたら、ともずっと思ってきた。
別に役職がなければそういうことができないわけではないけれど、役職があったら責任感も生まれるしもっと頑張れると思うのだ。
だから任命されたらどんなに嬉しいだろうかと思ってしまう。
そんな期待と緊張を抱えて臨んだ、特別な部活。
蘇芳先輩が部活を去ってしまうのは寂しいに決まっているけれど、それは同時に自分が一段階成長できるということなのだ。
だから寂しいとか嫌だとか言っている場合ではない。
前に進むのだ。尊敬している蘇芳先輩のように、なれるように。
「さて、みんななんとなくわかっているとは思うが、今日は次期部長や役職を発表する」
部員たちはそれぞれ美術室に並んでいる机についた。
蘇芳先輩が教壇についてみんなに話をする役目だ。隣には副部長の森屋先輩や水野先生も控えている。
ごくり、と張り詰めた空気が美術室に広がった。けれど今のこれは嫌なものではなくて。
「まず、来年の部長。金澤 瑞章(かなざわ みずあき)」
呼ばれた名前は浅葱だけではなく、おそらくこの場の部員みんなが想像していたものだっただろう。
二年生の金澤先輩本人も予想していたはずだ。それほど動揺する様子は見せなかった。堂々と立ち上がる。
「頼んだぞ。お前ならきっといい部長になれる」
蘇芳先輩が彼に視線を向けた。優しい笑みを浮かべて。
その言葉は本心からに決まっている。浅葱もきっと金澤先輩ならいい部長になってくれると思っていた。
蘇芳先輩に比べればそりゃあ、一年後輩なのだからまだ未熟なところはあるかもしれない。
けれど蘇芳先輩のサポートに回る姿は一生懸命という言葉がよく似合う姿であったし、二年生リーダーとしてしっかり働いているのを春から見てきた。
だから金澤先輩が次期部長になるなら安心して活動できる。浅葱は確信した。
「未熟ですが、精一杯、務めさせていただきます!」
蘇芳先輩にまずおじぎをして、次に部員たちに向かってもおじぎをしてくれた。律儀なひとなのだ。
ぱちぱちと自然と拍手が起こった。きっと部員たちも浅葱と同じ気持ちなのだろう。
そこから次々と役職が発表されていった。副部長に会計、書記……。すべて現二年生だった。
どきどきとする気持ちが強くなっていく。
現一年生に役職のある子はいない。だから二年生リーダーだった金澤先輩のように『持ち上がり』といってもいいような立場がなく、まったく想像がつかなかったのだ。
まさか自分が任命されたら。
とても緊張するし責任感はプレッシャーになるだろうけど。
できるならやってみたい。その気持ちは確かにあった。
そして浅葱の期待通りになってしまったのである。
「では最後に、二年リーダーだ」
ごく、と唾を飲んだ直後だった。蘇芳先輩が浅葱を見た。浅葱は当たり前のように教壇の蘇芳先輩を見ていたのでしっかりと目が合った。
え、まさか。
どくんっと心臓が高鳴った。痛いくらいに反応する。
ふっと目元を緩めて蘇芳先輩は口を開く。
「六谷 浅葱。お前に任せる」
期待はしていた。
なりたいと思っていた。
けれど現実になるのは全く意味が違う。
一瞬、ぼうっとしてしまった。さっきの金澤先輩のように堂々と立ちあがることもできずに。
でもすぐにはっとした。
夢が叶った。
あたふたと立ち上がる。がたがた椅子が鳴ってしまった。そのくらい動揺してしまったのだ。
「お前ならきっといいリーダーになれる。新二年生と、新しく入学してくる一年生の指導役になってくれ」
優しい目元で言ってくれた蘇芳先輩。もう一度、どくっと心臓が跳ねてしまった。そのままどきどき熱い鼓動を刻む。
「は、はいっ! わ、私にできるかわかりませんが、精一杯やらせていただきます!」
浅葱の返事はひっくり返った。おじぎをするのも一呼吸遅れてしまったくらいだ。
慌ててぺこりとおじぎをする。金澤先輩のように、まず蘇芳先輩に。それから美術室の中の部員たちに。
「大丈夫さ」
迎えてくれたのは蘇芳先輩の優しさに溢れた笑みと言葉。それから部員のあたたかな拍手だった。
「さて、役職発表は以上。次は来年度の話を少ししようかな」
蘇芳先輩の話題を切り替える言葉に、ちょっとざわついていた部内はまた静かになった。
とすっと椅子に元通り腰かけても浅葱の心臓の速さはおさまらなかった。どきどきするのがとまらない。
これは蘇芳先輩に対して抱いている恋の気持ちとは違う意味の嬉しさと、また誇らしさだった。
二年生リーダーになれるのだ。
蘇芳先輩直々に任命してくれたのだ。
それはつまり、蘇芳先輩が浅葱なら二年生リーダーにふさわしいと思ってくれたことであって、それは今の浅葱にとって最上級の評価であって、そして光栄だった。
頑張らないと。蘇芳先輩のような立派なリーダーになれるように、頑張らないと。
浅葱は胸元をぎゅっと握った。熱い鼓動を刻む胸を、だ。
すぐに気持ちを切り替えたけれど。
きちんと蘇芳先輩の話を聞かなければ。来年度の話。しっかり聞いて、覚えて、来年になったら……いや、違う。
年が明けて実際に世代交代になったら、少しでもうまくできるように実行するのだ。