内緒話ではなさそうだけど、立ち聞きになってしまうだろうか。浅葱はちょっと悩んだ。
 でも、ちょっとだけだから。普通に聞こえるから盗み聞きではないのだし。
 よって、ちょっとだけともう一度自分に言い聞かせて、立ち止まった。
 中の会話はそのまま続いていく。蘇芳先輩の普段の生活が聞けているようでなんだか楽しくなってきてしまった。
 普段、男子の同級生と話すときはどんなことを話すのかな。呑気に思ってしまっていた浅葱だったが、ある一人が口に出したことにどきっとした。
「遊びたいのはやまやまだけど無理かもしれないぜ。こないだ駅ナカのショッピングモールで見たんだけどさ」
 その一人は、んだか思わせぶりな口調だった。続ける。
「壱樹(いつき)、なんかカワイイ雑貨を扱ってる店にいたぜ。あれ、デートでもあって女子にでもやるんじゃないの」
 言った男子の先輩は蘇芳先輩の下の名前を口にしていた。つまりそれなりに親しいひとだということだろう。
「まじか」
 ほかの男子がちょっと驚いた、という声を出した。
 浅葱も勿論驚いた。女子にでも、やる? かわいい雑貨を扱っているお店で買ったものを?
 それはまさか。
 ううん、そんなのただ、お母さんとか身内のひとにあげるのかもしれないし。
 自分に言い聞かせる。
「手袋、手に取ってたな。なんか赤っぽいやつ」
「それ、別に自分でするんじゃねぇの?」
 ほかの男子が言ったけれど次の言葉は否定だった。
「いや、レースついたやつだったぜ。アイツ、姉妹なんかいねぇからなんでかなって」
 壱樹、と蘇芳先輩を呼んだ、仲のいいであろう男子が言った。その場の空気がなんだか『にやにやしている』というものに変わるのを浅葱は感じた。
 それは楽しそうなものだったけれど、浅葱の心は逆にざわざわしていった。
 女子にあげそうなものを選んでいたという。
 かわいい雑貨を。
 そして蘇芳先輩に姉妹はいない。お母さんに……という可能性はあるけれど。
 そのとおりのことが教室の中の会話から聞こえてきた。
「いやー、これはあれだろ。カノジョだな」
 浅葱が『そうだったらイヤだな』と思ったこと。そのままだった。
 心臓が一気に冷える。
「そういや去年、先輩の女子と結構仲良くしてたじゃん」
 その声で、浅葱ははっとした。例のひとだろう。
 曽我先輩、とかいった前部長。