蘇芳先輩に会いに……というわけではない。蘇芳先輩になら部活の時間に会えるのだし、なにか話があるならそのときに捕まえてしまえばいい。それが一番確実。
 それに三年生の教室、蘇芳先輩のクラスで「蘇芳先輩をお願いします」と呼んでもらうのはちょっと怖かった。
 なにしろモテモテの蘇芳先輩だ。
 部活のことで話があるので、なんて言ったところで言い訳としか思われないだろうし、悪くすれば先輩の女子たちに目を付けられてしまうかもしれない。
 なので特に蘇芳先輩目当てではなかった。単に午後の授業で使う教材が三年生の教室のある数学準備室にあるというだけだ。
 でも三年生の教室があるのだ。なにかの偶然で蘇芳先輩に出くわしたらいいな、とは思ったけれど。
 そんなことはなく、浅葱は数学準備室へ向かい中にいた数学担当の先生に挨拶して、無事に教材を借りた。
 それは資料集で随分分厚かった。ちょっと重い。でも持てないほどじゃない。
 よって浅葱は「ありがとうございます。お借りします」とそれを抱えて外へ出た。
 そのまま一年生の教室にある階へ向かうつもりだったのだけど。
 ふと通りかかった空き教室。そこから声が聞こえてきた。
 別に不思議でもなんでもない。昼休みに空き教室でお弁当を食べたり、おしゃべりをするのは普通だ。きっと三年生がそうしているのだろう。
 中にいるのは男子生徒らしい。あたり憚ることなく大きな声で普通に話していたので廊下の浅葱にも聞こえてきた。
あまり興味はないことだと思ったのでそのまま通過する予定だったが、中から「そういえば蘇芳がさ」と声が聞こえてきたので驚いた。
 つい足がとまってしまう。なにか、蘇芳先輩が話題らしい。
 急にどきどきしてきた。クラスメイトなのか、蘇芳先輩と同じ学年のひとなのだ。きっと浅葱より蘇芳先輩と接する機会は多いだろう。友達のようだし。
「ナントカ賞だっけ、やっと終わったから遊びにでも行きたいなとか言ってて。みんなでどっか行かね?」