この秋季賞のための作品を作りはじめてから。
 蘇芳先輩とたくさんの想い出ができた。
 その中で仲が深まっていた、と勝手にかもしれないが浅葱は思っていたし、そして自分の気持ちも、少なからずなんとなくは伝わってしまっているのだろうな、と思う。
 そうでなければ蘇芳先輩だって、あのライトアップを見たときのようなことをしてこないし言ってこない、と思う。
 つい「あの」と、口を開くところだった。
 今なら言っても不自然ではないだろう。

 蘇芳先輩のことが好きです。

 そういう、自分の一番大きくてストレートな気持ち。
 だけど浅葱はぐっとそれを飲み込んだ。喉の奥へ押し込んでしまう。
 今、言ったっていいだろう。
 でも今日、今、締切直前のタイミング。
 おまけに蘇芳先輩はこれから家に帰って夜遅くまで作業をするのだろう。
 そんなときに心を乱してしまうようなこと。
 ……今は、やめよう。
 浅葱は飲み込んだ言葉を、胸の一番奥の、大切なところへそっと入れるように抱えた。
 落ち着いたら。
 少なくとも秋季賞の提出が終わって、お互いに落ちついたら。
 そう、蘇芳先輩が言った通り『ゆっくりできるときに、また』だ。あのライトアップで途中になってしまったときの言葉。
 大切な気持ちなのだ。
 ごたごたした中で伝えてしまうよりは、しっかり向き合えるときに伝えたい。
 よって浅葱はただ笑った。にこっと。
 どきどき心臓は激しく高鳴っていたけれど、しっかり蘇芳先輩の目を見て。
「嬉しいです」
 もしかしたら浅葱の言いたかったことも、それを今、言わなかった理由も蘇芳先輩はわかったのかもしれなかった。
 鋭いひとだから。そしてひとのことを察するのがうまいひと、だから。
 だから。
 それでおしまいになった。
「お手伝い、できることありますか」
「ああ、大丈夫だよ。あとは紐をかけて結ぶだけだから」
 傍らに置いてあった包みかけの絵。
 それを完成させてもう学校を出なければ。
 絵を包んで、美術準備室でなにか作業をしていた水野先生に声をかけて、部室の戸締まりをして。
 一緒に学校を出た。
 二人で並んで歩く。
 勿論どきどきした。
 けれど初めて二人きりで歩いたとき……地球堂へ画材を見に行って、偶然会ったあのとき。あのとき感じたような、必要以上にそわそわしてしまうような気持ちが今はなかった。
 不思議なことだと思う。していることは同じなのに。
 なんだかうまくいくような気がした。
 いや、ほとんど確信だった。
 気持ちを告げることも、つまり、この恋も。
 今、目の前にある、秋季賞のことも。作品も。
 きっとうまくいく。素敵な結果になる。
 二人で歩くオレンジ色の帰り道。
 蘇芳先輩の描く絵の色使いのようなあたたかさに包まれていたからかもしれなかった。