その通り、部屋の空気は一気にゆるんだ。みんな、心の中で安心した溜息でもついただろう。そんな雰囲気が溢れる。
 部員たちはみんな散らばっていって自分の絵の作業に入り出した。道具を準備したり必要なものを取りに出ていったり。
 その中で蘇芳先輩が、再び萌江たち二人に声をかけているのが浅葱には見えた。
「とりあえずどこまで進んでるのか見せてみろ。見てやるから」
「はい……本当にすみません」
 ぐす、と鼻をすすりながら萌江が蘇芳先輩に言う。蘇芳先輩はそれ、軽く首を振った。
「泣いてるヒマなんてないだろ。精一杯やれ。それがつとめだって言ったろ」
「はい!」
 蘇芳先輩の言葉は、普段に比べたら随分固くて鋭いものだった。
 けれどそれは部長としての立場で、役目なのだ。
 優しくするときは優しくする。それがいつもの蘇芳先輩。
 でも良くないことをする部員がいたらしっかり部を引き締める。
 それが部長としての仕事。
 自分のキャンバスを運んできながら、浅葱は萌江たちにはちょっと悪いと思いながらも感じ入ってしまった。
 この空気は楽しかったわけはない。できればこんなことは起こらないほうがいい。
 けれど蘇芳先輩のこの事態の鎮め方。それは部長として立派過ぎることだし、それに格好良かった。
 自分もこうして、悪いことは悪いと諫めながら、それでも前に進むための道を示せるようなひとになりたい。
 浅葱は思った。
 まだ自分は一年生で未熟に決まっている。今は自分のやるべきことだけをしっかりこなしていくしかない。
 けれどいつかは蘇芳先輩のようなひとになりたい、と思う。
 部長なんて立場になれるかはわからない。けれどいつか後輩ができたときは、蘇芳先輩のようにきっぱりとした物言いや行動ができるようになりたい。
 それは片想いをしているという気持ちからの、贔屓目ではない。
 ひとりの『先輩』『部長』として蘇芳先輩をとても、とても尊敬している。
 そういう、あたたかくもきりっと引き締まるような気持ちだったのだ。