おそるおそる、もう一人の子が口を開いた。
「間に合いそうに、ないんです」
 その理由に浅葱は息を呑んだ。
 そういうことだ。
 秋季賞の締め切りに、作品が間に合いそうにない。
 それがサボっていたからなのかなんなのか、そこまでは浅葱は知らない。
 でもその可能性は高そうだった。
 もう一人の子はクラスも違うし中学も違ったので、浅葱は特別には親しくなかった。だからその子のことは詳しくない。
 けれど萌江のことならわかる。
 萌江は悪く言えばちょっとルーズなところがあるのだ。課題だって溜め込むし、ああ、そういえば夏休みの課題だって、夏休みが終わってしまってから、先生に散々つつかれてようやく提出していた。そういう欠点。それが出てしまったのかもしれない。
「間に合いそうにないって、作業日はあと四日くらいはあるでしょう。それで無理だって言うの?」
 森屋先輩は怒りを押し殺している、という声で言った。
 そこで浅葱は気付いた。いつの間にか、ドアのところに蘇芳先輩がいた。
 そのドアというのは美術室の入り口ではなく、奥にある美術準備室のドアだ。
 なにか、美術準備室で支度をしていたか、もしくは水野先生と話や打ち合わせをしていたのか、そういうことをしていて今、部活へ入ってきたのかもしれなかった。
 蘇芳先輩も固い顔をしていた。
 この状況では当たり前だろうが、浅葱は心がすっと冷えるのを感じた。
 蘇芳先輩のこんな顔。見たことがなかった。
 自分に向けられているわけでもないのに恐ろしくてならない。
 実際、美術室の中は一触即発という雰囲気だった。
 その中で副部長の質問に萌江が口を開いた。
 こんな中で責められていれば当たり前であるが声は震えていた。
「その、……中途半端なものは出したくなくて……」
 一瞬、冷たい空気が余計に固まった。
 副部長だけでなく、この美術室にいるほかの部員、みんなが多少なりとも嫌な気持ちを感じただろう。
 それは当たり前のように理由がある。
 森屋先輩がみんなのその気持ちを代表するように言った。鋭い声だった。視線も睨みつけるようなものになる。
「中途半端ってなに? それが嫌なら計画的に進めるべきでしょ。それをやらなかったのは、あなたたちじゃないの?」
 正論だった。そして部員が嫌な気持ちになった理由。
 それは、みんなここまで頑張ってきたからだ。
 締め切りに間に合うように。
 自分の中で最高のものを出せるように。
 『中途半端』にならないように。みっともないものは出さないように。
 計画的に、だ。
 それをやらなかったうえに言い訳にされては面白いはずがない。
「それに中途半端なら中途半端で、どうにか格好がつくように仕上げるべきよ。絵におしまいはないんだから折り合いをつけることだって……」
 もうひとつ、代表するように、実際代表だったのだろうが副部長が言った。
 けれどその言葉は遮られる。
 ここまで黙っていた蘇芳先輩が口を開いたのだ。
「森屋。そのへんで」
 言葉はそれだけだったのに、空気がさっと変わって、部屋の中の全員が黙ってしまった。
 怒られたわけではないのに。
 怒鳴られたわけでもないのに。
 それほど蘇芳先輩の声は静かで、でも威厳にあふれていた。
 森屋先輩もそこで言葉を切った。蘇芳先輩のほうを見る。
 その森屋先輩にひとつ頷いて見せて、蘇芳先輩は萌江たち、二人の前に立った。