ああ、また聞いてしまった。
 浅葱は言ってから後悔してしまった。なんでも綾に聞いてしまおうなど。
 けれど綾はむしろ張り切り出してしまったようだ。
「そりゃ部活が一緒なんだから、それ関係でいくらでもあるんじゃないの?」
 わくわく言われたし、綾もきっと同じことを考えていただろうけれど浅葱はちょっと難しい顔になってしまう。
「うーん……普段ならあるけど……アドバイスがほしいとか、居残りして教えてくださいとか……でも今は秋季賞の提出直前だから……」
「ああ……そうか。それがあったか」
 伝わったようで綾の勢いがちょっと落ちた。確かに今は部活が大詰め。
 そして自分の作品を完成させて提出すればいい浅葱はともかく、蘇芳先輩は部長としてもっと大変だろう。そんな余裕はないかもしれない。
「じゃあむしろ、蘇芳先輩もそれが終わって落ちついてから、って考えてるかもよ?」
 それもわかったようで綾は違うことを言ってくれた。
 確かにそれはありうる、と浅葱も思った。
 蘇芳先輩は『ゆっくりできるときに』と言ってくれた。
 それならむしろ秋季賞提出が終わってから、という意味で取れるのではないだろうか?
「それまでに心の準備をしておけば、いざというときスムーズにお返事できるんじゃないかな」
 最後ににこっと笑って綾は言った。
 そのとおりだ。今はまだ、嬉しかったり期待したり九割がたそうじゃないかなと思っていても、落ちついているとはあまり言えないだろう。
「そうだね。そうしてみる! 私も絵に集中しないとだし」
 そこでチャイムの音が聞こえた。予鈴だ。午後の授業がはじまってしまう。
「おっと。行かないとね」
 綾はお行儀悪く座っていた机からぴょんと飛び降りる。その前の椅子に座っていた浅葱も立ち上がった。
「本当にありがとう。聞いてくれて」
「いやいや、おやすいご用だよ」
 浅葱のお礼に綾はもう一度笑ってぱたぱたと手を振った。
 空き教室をあとにして廊下に出る。ほかの知り合いに見られないように一階下の空き教室にお邪魔していたので、階段を一階分のぼらなくてはいけない。
「今日は数学だったよね」
「あー、午後イチが数学とか絶対爆睡じゃん。さっきゴハン食べたばっかだし」
「綾はいつもそう言うねぇ。でも中間テストあるから聞いてないとまずいよー」
「そうだけどぉ。じゃあ浅葱が教えてよ! 相談聞いてあげたでしょ」
「それとこれとは別じゃない?」
 そんな、いつも通りの親友とのやりとり。
 心がずっと、ずっと軽く、穏やかになったことに、浅葱はこのお茶目な親友に心の中でもう一度お礼を言った。


 昼休みの綾との会話で随分心穏やかになった浅葱は、放課後になってうきうき部活へ行ったのだけど。
 その日の部活が大荒れになるなんて、ちっとも予想していなかったのだ。