蘇芳先輩が足をとめて、浅葱もつられるように立ち止まる。先輩が向かったのは、ちょうど通りかかった自動販売機であった。
 その様子を見てどきっとしてしまった。飲み物を買ってくれるというのだろうか。いや、それしかないだろう。
 その通り、ぴっとボタンを押す音がして、がこんっと缶かペットボトルが落ちてくる音がした。それを持って蘇芳先輩が戻ってくる。
「悪いな、待たせた」
「いっいえ!」
 答える声はひっくり返った。蘇芳先輩はその浅葱を見て、にこっと笑ってペットボトルを差し出した。
「手が冷たいだろう。これ、持ってな」
「……え?」
 それは先輩がさっき言ったように、ミルクティーのペットボトルだった。小さくて手の中に包めるくらいのサイズだ。ホットの飲み物によくあるサイズ。
 よく意味がわからなかったけれど、すぐに察した。飲み物を奢ってくれるという、それ以上に。
 ……浅葱が寒くないかと、気を使ってくれたのだ。
 かっと胸が熱くなった。また『特別』を感じられてしまった。
 こんなことは些細かもしれない、いや、些細だろうにこんなに嬉しく思ってしまう。
「あ、ありがとう……ございます」
 心遣いはありがたく受け取っておくべきだ。浅葱はそろそろと手を出してペットボトルを受け取った。
 ほわっとあたたかさが手に伝わってきた。そのあったかさに、ほぅ、と息が出てしまう。それで自分の手が思ったより冷えていたことに気付かされた。
 まだ手袋をするほどではないけれど、そろそろ用意することを考えたほうがいいかもしれない、と思った。
「ありがとうございます! とってもあったかいです」
「そりゃ良かった。そろそろ手袋、準備しないとなぁ」
 先輩も自分のぶんらしきものを手に包んで言う。それは今、浅葱が考えたことそのままだったので、なんだかくすぐったくも嬉しくなってしまった。
「私も、そう考えてました。手袋、新しいの買おうかな、とか」
「なんだ、同じか」
 蘇芳先輩は浅葱のその返事に嬉しそうに微笑む。浅葱もつられて微笑んでいた。ペットボトルのミルクティーが少し距離を縮めてくれた気がする。
「さ、もう着くぞ」
「はい……?」
 やりとりをしたけれど、今回もお金は受け取ってもらえなかった。付き合わせるんだから、とか言った蘇芳先輩によって。『付き合う』という言葉にまた浅葱がどきんとしてしまったのはともかく。蘇芳先輩が入っていったのはちょうど到着した駅だった。
 どうして駅?
 帰るのかな。
 それとも電車でどこかに?
 いや、でも遅くならないって言ったから……それはないだろうけど……。
 ……?
 浅葱は色々考えてよくわからなくなってしまった。