「秋季賞に出すやつか? 随分早く取りかかってるんだな」
 蘇芳先輩はドアを閉めて中に入ってきた。
 見ただけで浅葱の描いている、というか描こうとしているものがなんの目的なのか当ててくるのは流石である。
 けれど当たり前なのかもしれない。
 蘇芳先輩は三年生。一年生の浅葱と違って秋季賞にももう二回参加しているのだから。
「はい。描きたいものができたので……」
 褒められるような言葉だったので嬉しくなってしまう。
 こんな些細なことだけど、自分を認めてくれるような言葉だ。
 優しい言葉をかけられて胸が騒ぐ以外にも、後輩として褒められれば当たり前のように嬉しい。
「青が多いんだな」
 浅葱が広げていたカラーパレットが青ばかりだったからだろう。蘇芳先輩は近くへきて覗いて言った。
 またどきりとしてしまう。ふわっと良い香りがしたので。
 蘇芳先輩はたまに良い香りがする。これは特に香水などではない。単にシャンプーなどだと思う。
 知らないけれど部員の女の子が話しているのを聞いたのだ。どこのメーカーだとか、芸能人が使っていると噂のものだとか。
 そのくらいに蘇芳先輩はオシャレなのである。すらっとしていてクラスでも一番うしろであるほど高い背丈だけでなく、そういうところからもスマートだと感じさせてくるひとだ。
 つまりわかりやすく言ってしまえばとても洗練された、格好良いひとなのである。
 当たり前のように女子からは注目の的である。そのくらい春にこの部活に入部してから思い知っていた。
 けれど別に自由だろう。
 ……片想いをする、くらいは。
「はい。青だけで描いてみたいと思ったんです」
 そんなひとと二人きりになれば心臓は騒いでしまうだろう。
 それでも嬉しくて浅葱の言った声は弾んだ。
 けれど蘇芳先輩は単に絵の話ができるのが楽しい、だとかに受け取ったようだ。にこっと笑ってくれた。
「そりゃ面白い。そういう発想はなかなか珍しいな」
 また褒められてくすぐったくなった。
 学校の王子様、なんて言えてしまうような蘇芳先輩が自分を見てくれるはずがないけれど。それでもこんな言葉をかけてもらえる。
 美術部、部員で本当に良かったと思ってしまうことである。