「似合うわね。あと、髪は……まとめてきてくれたしそれでいいかしら」
 綾のお母さんも満足げだった。お手伝いだし、食べ物を扱うのだから髪はまとめてきたほうがいいと思ったのだが、それはアタリだったようだ。うしろでお団子にしたシンプルなスタイル。
 綾のお母さんは「でもなにか飾りがあったほうがいいねぇ」と言って鏡台の引き出しを開けた。ごそごそと中を探る。そこになにか、髪飾りのようなものがあるのだろう。
 そして取り出したひとつをつけてもらった。
 それは赤いリボンだった。着物の赤とトーンが合ってぴったりだった。
「かわいい売り子さんのできあがり」
 もう一度、綾のお母さんがぽんと浅葱の肩を叩いた。
「今日からよろしくね」
「はい! 私こそ……頑張ります!」
 準備がすべてできたところで、とんとんと襖が叩かれた。「はーい」と綾のお母さんがそちらへ向かって開ける。
 そこにいたのは綾の兄の綾真さんだった。彼も赤い着物を身に着けている。
 ただ、綾と浅葱が着ているものとは少し違った。
 上は同じような感じだが、下はハーフパンツのようなものにカフェタイプの下だけのエプロン。
 作務衣(さむえ)……とかいったかな。ああいうの。
 浅葱はテレビで見たものを思い出して、そう思った。
 働く男のひとの着る、作業のための着物らしい。
 そしてそれがとても似合っていた。普段から着ているのかもしれない。そのくらい違和感がなかった。
「母さん、父さんが呼んでたよ。そろそろ外のセッティングをするって……、あ」
 お母さんに声をかけたあとで、綾真さんは浅葱を見た。
 何度か遊びに来ているので顔見知りではある。
 しかしこのような格好は初めてなのだ。ちょっと驚いた、という顔をされた。
「こんにちは、綾真さん。よろしくお願いします」
 浅葱は先にあいさつをした。きっとここでは教わる立場になるだろう。
「ああ、綾の友達だね。よろしく」
 ちょっとだけ笑ってくれた綾真さんは、やはり綾と同じ運動部。やっているスポーツはバスケだとかで違うのだけど。
 そのためか、あまり派手なタイプでもなければ友人たちの中心でもなさそうな、どちらかというと武骨な……というような印象のひとだった。髪を短く刈り上げた、いかにもスポーツマン。
「じゃあ浅葱ちゃん、私たちも外に行きましょうか。テーブルや椅子は折り畳みだけど、人手があったほうが楽なのよ」
「そうですね!」
 綾のお母さんについていき、そのセッティング場所へ向かう。
 店の前。既に綾のお父さんと綾が折り畳みのそれだろう、プラスチックでできたものを運んだり決められた場所に置いたりしていた。
「なにをしたらいいですか?」
 浅葱は綾のお父さんに声をかける。お父さん、綾に似ているちょっと筋肉質の体型の彼は振り返って、にっと笑った。
「おう、浅葱ちゃん。今回は世話になるな。頼むよ」
「いえ、こちらこそ……」
 みんなで組み立てればものの十分ほどで準備は終わってしまった。アウトドアのバーベキューで使うようなものだが、ちょっと腰かけて甘味でも、とするくらいなら十分なのだろう。できあがったそれは既に達成感をひとつ与えてくれた。
 これが浅葱の『アルバイト』。秋祭りの売り子さんの仕事のスタートだった。