声を潜めていたけれどそう言ってくれる。浅葱はちょっと笑みを浮かべてしまった。今度のものは、照れ笑い。
「うん。お話できたし……それにアドバイスもすごかったし」
「すごい?」
 萌江はちょっとよくわからない、という顔をした。確かに曖昧だったかな、と思って浅葱は言い直した。
「絶対にこうしろ、って言わないでしょう。あくまで参考に、って。それはアドバイスされるひとの気持ちをよく考えてるんだなぁって。それがすごいって」
「ああ、なるほど。それはそうだね」
 今度は伝わったらしい。なるほど、とうんうんと頷いてくれる。
 けれど次に言われたこと。浅葱はどきっとしてしまった。
「蘇芳先輩も尊敬してるひとがいるんだって。蘇芳先輩の、また先輩……私たちにとっては大先輩、になるのかなぁ。教えてもらったことを後輩に教えることで返したいんだって。前にそう言ってたなぁ」
 それは初めて聞くことだった。
 尊敬しているひと?
 そんなひとがいたなんて初めて知った。
 確かになにもおかしくない。蘇芳先輩だって、以前は『後輩』という立場だっただろうし、そのときは『先輩』に色々と習っただろう。その経験が今の蘇芳先輩を作っているのだ。
 でも。
 ……『尊敬しているひと』。
 それは一体。
 頭に浮かんでしまったことは、ある意味当然のことだったかもしれない。片想いをしている身としては。
 なんでもそっちに結び付けてしまうのはどうかと思うけれど、考えてしまって仕方のないようなことでもある。
 すなわち。
『そのひとのことを、どう思ってたんだろう』
 そういう類のことである。
 先輩、として尊敬していただけではなかったら?
 まさに今、自分がそうであるように。
 尊敬と同時に恋の気持ちが一緒にあったということもなくはないだろう。
「そ、そうだね」
 はっとした。萌江が話してくれたのに数秒、黙ってしまった。
 いけない、これはおかしかっただろう。
 思ったのでちょっと笑っておいた。作り笑いだったけれど。
「私もそういう先輩になりたいな。来年とかになったら」
「そうだね。見習わないとね」
 特におかしくは思われなかったのか萌江も笑顔になってくれた。
 そして「あ、まずいまずい。サボってると思われたら困るね」と離れていってしまった。再び自分の絵に向き直る。
 あまりおしゃべりばかりしているわけにはいかない。先輩や先生から習うだけではなく、同級生の間でもお互いにアドバイスしあったりもするので喋ることは禁止ではないけれど、あまり口ばかり動かしていると注意されてしまうかもしれない。
 よって浅葱も自分の絵に向き直った。
 さっきの蘇芳先輩のアドバイスを思い出してカラーパレットを当てて色を見ていく。下塗りをもう少しやり直してイメージしやすくしてみようかな。そう思った。
 そうして作業に戻ればすぐに意識は絵のことにシフトしてしまった。
 けれど胸には確かに残ってしまった。
 蘇芳先輩の『尊敬しているひと』。それは一体どういうひとなのだろう。
 知るすべは……ないかもしれない。
 それゆえに、だろうか。胸にしこりのように残ってしまったのは。