「今日はありがとうございました」
 解散は駅だった。先輩は逆方向、ここからふたつ程先の駅から登校しているのを知っていた。住んでいる場所がちょっと離れているので高校で初めて同じ学校になったのだ。だからそれが初めての出会い。
 ……ということは、実はないのだけど。
 いや、出会ったのはこの重色高校で間違いない。けれどそれより以前に浅葱は先輩に『出会って』いたといえる。
 それはともかく、浅葱は駅の改札を通ってホームへ向かう構内で先輩におじぎをした。
 たくさんお世話になってしまった。絵の具のこともそうだし、飲み物をごちそうになってしまったこともそうだし、ほかにもたくさんのことを教えてもらって……。先輩から今日もらったものは多すぎた。
 でも蘇芳先輩は、なにも気にしていない、という様子でにこっと笑った。
「いいや。こちらこそ」
 浅葱もつられるように微笑んでいた。
 今日は素敵な一日だった、と思う。
 デートのようなことができただけではない。教わることが多くて実になることも多かった。自分の中で引き出しが増えたようだ、と浅葱は思った。
「それに六谷と一緒に過ごせてよかったよ」
 蘇芳先輩が言ったこと。浅葱はきょとんとした。
 それは純粋に『自分といられて楽しかった』と思ってくれている、ということだろうか。
 しかしそういう意味しかなかった。その言葉ならそう取って当たり前だろう。
「学校や部活ではできないことがたくさんできて。六谷の知らなかった面も見られて。とても嬉しかった」
 続けて言われた言葉はもっと嬉しかった。かぁっと胸の中が熱くなる。まるで火が付いたようだった。顔にまで熱がのぼってきそうだ。
「良かったらまた画材とか見に行かないか」
 おまけにそんなことまで言ってもらって。答えなんてひとつしかない。
 浅葱はこくこくと即座に頷いていた。
「は、はい! 私で良かったら、ぜひご一緒したいです」
 浅葱のその反応に安心したように蘇芳先輩はにこっと笑ってくれた。
「ああ。また機会があったら誘わせてもらうよ。じゃあ、な。気を付けて帰るんだぞ」
 それで本当に解散になった。ひらひらと手を振ってくれる先輩は、浅葱が帰りのホームへエスカレーターであがるのを見送ってくれたのだった。