壱樹先輩に触れられることなんてもう慣れたと思っていたのに、今、触れた手と言葉は浅葱の胸を熱くした。空気が元のものに戻ってきた。
 いや、元通りどころかずっと優しくあたたかなもの。
 壱樹先輩は浅葱の手を撫でた。慈しむような手つきで。
 そして手袋に手をかけた。するっと外してしまう。
 どきどきしながらも浅葱はされるがままになった。
 素手に壱樹先輩の手が触れる。
 いつも通り、しっかり大きくてあたたかな手。その手がしっかり浅葱の手を包んでくれた。
「浅葱の生み出す絵が……世界が好きだ。一番近くでそれを見ていたい」
 この手から世界が生まれる。
 それは浅葱のことだけではない。壱樹先輩だって同じことだ。
 あのときムーンバックスでお茶を飲みながら話したこと。
 今度はもっと現実的になって伝えられている。
 浅葱の心がふっと緩んだ。あたたかさが胸まで広がっていく。
「私だって同じです」