声はだんだん小さくなっていってしまった。こんな、気にしているようなこと。
 いや、実際気にしているし、だからこそ聞いてしまっているのだけど。
 壱樹先輩はしばらく黙っていたけれど「……ああ」と、納得した、というような声を出した。
「いや、いないよ」
 その答えに浅葱は驚いた。てっきり「そうなんだ」と言われるだろうと思っていたので。
 いない?
 多真美にも、ビケンにも?
 どういうことだろう。このへんでも最高ランクの美大、賞を総ナメなんて言われているひとがいないなんて。
「曽我先輩は海外だよ」
 今度は驚いたどころではなかった。口が開いただろう。
 ぽかん、としてしまう。
 海外!?
「同じ部活にいたって曽我先輩の技術は桁違いだったからな……海外の美大を受けたんだよ。そんであっさり受かっちまった。全く世界が違うことだ」
 壱樹先輩は呆れたようにも聞こえる声で言った。どこか遠くを見るような顔になる。
 曽我先輩のことが懐かしいのだろう。
 そしてその技術や評価をうらやましいと思う気持ちもあるのだろう。
 でもそんな才能を持っているひとは一握りだから。羨ましいと思って手に入るものでもないし。
「……安心したか?」
 壱樹先輩はすぐに視線を戻してくれた。浅葱を見る。
 またからかうような表情に戻っている。
 その意味がわかるのには数秒がかかった。
 理解した瞬間、違う意味でかぁっと顔が熱くなった。
 見抜かれてしまったというわけだ。
 壱樹先輩の傍に『尊敬するひと』それも『女子先輩』がいるようになるのではないか、と不安になったことを、だ。
 恥ずかしすぎる。きっと顔が真っ赤になっただろう。
「いえ、そ、そんな」
 しどろもどろになった。はっきり「そうです」なんて言えるものか。
 そんな浅葱を見て壱樹先輩は今度は声に出して笑った。くくっと笑い声がこぼれる。
「悪い悪い。浅葱はかわいいな」
「か、からかわないでください!」
 やっと言った。浅葱のその反応は「ははっ」ともっと笑われてしまったけれど。
 膨れてしまった浅葱だったけれどすぐにその不機嫌は引っ込んだ。
 すっと壱樹先輩の手が伸ばされる。
 触れたのは浅葱の手だ。赤い手袋の手に触れる。
「からかって悪かったけど。俺の気持ちは本当だよ。浅葱と二人で頑張りたいって気持ちが、だ」