お母さんにはまだ、彼氏ができたという話はしていなかった。
 まさかこんな形でバレるなんて。いや、バレたよね。どうしよう、高校一年生で彼氏なんて早すぎるとか言われたら。
 そんな心配が膨れ上がるやら単純に恥ずかしいやらで、浅葱はなにも言えなくなってしまった。
 けれどそんな浅葱のすぐ隣にすっと壱樹先輩が並んできた。
「初めまして。お母様ですよね。蘇芳壱樹といいます」
 しっかりと名乗ってぺこっとおじぎをする。
 お母さんも驚いたに決まっているけれど、壱樹先輩ははっきり言ってくれた。
「浅葱さんとお付き合いさせていただいています」
 その言葉。
 はっきりとした、浅葱と付き合っていると名乗ってくれた言葉。
 浅葱の胸を一気に熱くした。顔も赤くなっただろう。どれほど赤くなってしまっているかもわからない。
「……まぁー……浅葱ったら、どうして黙っていたの」
 お母さんは数秒黙っていたけれど、すぐに感嘆したような声を出した。
 あ、言ったほうが良かったのかな。
 浅葱は思ったけれど、だってわからなかったのだ。
 こういうことを言うタイミング、というのが。
 そして浅葱が心配したようにはならなかったどころか、むしろ真逆の結果になった。
「こんな素敵な彼氏さんがいたなんて。蘇芳くん……でいいのかしら? 何年生? あ、大学生かしら」
 お母さんは壱樹先輩が気に入ったらしい。あれほどしっかり挨拶をしてくれた壱樹先輩なのだ。勿論見た目だっていい。どこに嫌う要素があるというのか。
「重色高校、三年生です。美術部部長をしていまして……」
 そのままお母さんと壱樹先輩は話しはじめてしまった。
 お母さん。
 壱樹先輩。
 今まで全く別の世界にいた、自分の身近なひとが話している。
 浅葱は夢を見ているようなヘンな気持ちを感じてしまった。
 その感覚はふわふわして、静かにどきどきするような、妙に心地いいもの。
「今日はこれから初詣に行くんです」
 そろそろ話が終わるらしい。浅葱は悟ってそろそろ壱樹先輩を見た。
 壱樹先輩は浅葱を見下ろしてにこっと笑ってくれる。
「あら、いいわねぇ。浅葱、楽しんでいらっしゃいよ」
「……うん」
 お母さんはにこやかに言ってくれたけれど、浅葱の返事はどこかはにかんでしまった。
 浅葱の様子がおかしかったのか、お母さんと壱樹先輩が、くすっと笑うのが聞こえてしまう。何故かタイミングがぴったりだった。
「じゃ、じゃあ、行ってくるね」
 無性に恥ずかしい。浅葱は言って、思い出したようにお母さんからカイロを受け取った。
「はい。いってらっしゃい」
「では浅葱さんをお借りします。遅くならないうちに帰りますから」
 ちょっと、また子供扱いみたいなこと。
 思った浅葱だったがそんなことは言葉にできるはずがない。
 それに嬉しくもあるし、なんて、思ってしまって。
 こんなしっかりとした挨拶をしてもらったのだ。壱樹先輩にとっても予想外の出来事だっただろうに、だ。
 そこは浅葱が壱樹先輩を尊敬する部分だった。
 これは先輩としてきっちり、しっかりした人間であるところ、である。
 自分もこういうひとになりたい、と思わされるような態度であった。