いや、そうじゃなくて。
 モテモテの蘇芳先輩だ。自分が知っているところでは彼女がいたという話はないけれど、でも去年やそれ以上前のことは知らない。だからそのときに彼女がいたという可能性はあるだろう。
 思ってしまってちくっと胸が痛んだ。
 もうひとつ思い出してしまったことがあった。
 久しぶりに思い出した。
 蘇芳先輩の『尊敬するひと』。つまり曽我先輩というひと。
 あのひとともし付き合っていたことがあるのなら。
 今、蘇芳先輩がほかの誰かと付き合っている、つまり浅葱と二股をかけているなんてことは夢にも思っていない。そんなひとであるはずがない。
 でも過去のことはわからないから。
 曽我先輩、というひとのことが不透明であるだけ、浅葱の不安はぼんやりとした程度ではあるのだったが、かといって消えてもくれないのだった。
「六谷、どうした?」
 歩いていたというのにぼんやりしてしまっていたらしい。浅葱ははっとした。
 いけない、せっかくのデートなのに余計なことなんか考えて。
 浅葱は慌ててその良くない思考を振り払う。
「い、いえ! ミルクティーおいしかったなって噛みしめてしまって」
 言った言葉はちょっと嘘が混じっていたので心がちくりとした。でも半分くらいは事実だ。
 蘇芳先輩はほっとしたような顔をした。
「そうだな。また来ようか。ほかの味も飲んでみたいし」
「はい!」
 楽しまないと。
 余計なことは考えないで。
 素敵な時間なんだから。
 浅葱は自分に言い聞かせた。
「それにしても、六谷の今日の服、かわいいな」
 いろんなお店を覗いて街中を歩くうちに蘇芳先輩が言ったこと。
 今度は嬉しさから顔が熱くなった。
「あ、ありがとうございます!」
 素直にお礼を言うことができた。
 ここで「そんなことないです」と言ってしまうのは謙遜しすぎることだし、自分の努力も否定することだから。