『皆さん、どうぞ、終わりました。』

新米 火夫 の声かけで、
シオン達は 出された、鉄の台車に近づく。
そこを、光が指していた。


斎場の炉前室は、高窓から 自然光が入る設計。

停電で、電気は使えなくとも、炉前室は、晴天の太陽が 明かりと差し込み、反って神聖さを出している。



「『箸をたがえる』という 非日常の作法を行う、意味があります。」

そう 新米の火夫が 説明を しながら、『竹と木のたがい箸』を
喪主の レン、遺族の ルイ、親族の シオンへと 静かに 渡していく。


鉄の台車の上に 向き合う。

まるで、白く焼いた 大小の器が、散乱 置かれたようだ。

台車をはさんで、遺族 ルイと親族 シオンが立つ。
頭だという位置に、 喪主 レンが立った。

全て、喪主から 始まる。


火夫 による『骨上げ』、人体解説が 始まる。の、はずが。



「あ! この箸、使い難いですか?この箸で、三途の川を渡るときの橋渡しをするんです。なんとか 上手に使って拾いましょう。」


鉄台車を中心にして、
互い違いの箸を手にする 三人と、
白手袋の 火夫が 取り囲み

さながら、エジプトの石室で

作業をしている 気分になるのは、
何故だろうと?こんな考えも、不謹慎だー。
シオンは、ちょい、ちょい、火夫を見やり 思った。

言われた様に、まず、レンが箸を入れて、、両側から、ルイ、シオンの順番に足の骨 から摘まんでいく。

「私は、生まれも、育ちもこの地元ですから、琵琶湖が川で海ですよ。マザーレイクですから、故人さまも、琵琶湖に戻られたんですかね。」

骨壷を開けて、ニコニコしながら、新米は 口上以外の話も、ちょいちょい、入れていくるのだ。

「今日は、多くお見えになる感じが、したんですっ。こう、琵琶湖が震える感じで。」

いつもは 先輩がすると、言った人体解説。大丈夫だろうかと、シオンは 向かいのルイをみた。

「そんな日は、旅立つ方の お手伝いで忙しくなります。あ、間、空けると、体の全部が 入りませんので、丁寧にっ」

向かいの、ルイが 一瞬 骨壷から箸を出し。シオンを見る。

「足の骨から、体の上の骨へと、順番に拾い上げるんです。生きている時と 同じになる様に、骨壺に納めますよ。」


喪主のレンから 始めて、ルイ、そしてシオンの順で 拾う。

「でも、こんなに、ゆっくりと 『骨上げ』が出来るなら、雪も悪くないです、きっと雪も偲んでますよ。寒いと、多く来られるので、慌ただしいです。」

レンが、大きめの骨を 壺に 入れた。

「これ、一際 大きな骨は 大腿骨ですよ。あぁ、入らないんですね?じゃっ!!」

『パキン』
あ、手で、割るんだ?手袋してるけどねー。

ルイも、そんな顔を、向かいでしている。

「都会だと、1日で 90組とか あるんです。入れ違いで、炉前室に入って。 ゆっくりお別れとは、ならないですよ、」

いや、それ、何人で『中の所作』する?! もしや1人?と、シオンは 内心、つっこみまくる。


「これが第二頸椎、喉仏です。うん、綺麗きれいに残っていますよ。ほら、こうすると、座してる、仏様のように見えませんか?」

レンに、火夫が 1つの小さな骨を示した。

「骨がキレイに残るようにー、うん!残ってます。昔は、『末期の水』を含ませて、喉仏を見たんです。最後まで、故人を支えた骨なんて、思えない 控え目さですね。」

レンが、火夫を 見つめる。

「じゃあ、最後に、故人と 縁の深かった方、喉仏を 納めて下さい。」

「え、」

三人の箸が、止まる。
声にはしないが、全員が

『この場合、誰だ?』

と、脳裏で考えを巡らせる シオン。レンと、ルイも そうだろう。

「レン、どうぞ。」

「いや、俺は ここに居なかったし、ルイだろ。」

「どーだろ?てか、シオンが オカンの気に入りだろ?」

どーぞ、どーぞのネタみたいな 感じだ。

「じゃ、喪主さま、どうぞ、!!」

なら、最初から喪主にと 勧めてくださいよ。という、目してるよね、ルイ?

シオンの目も、白く細まる。


「はい、その上に、この 頭蓋骨で『蓋』をして、終了です。」

はーと、と三人は 息をついた。

エジプトの石室作業を、大学講義された様な 変な疲れがする。

そう、帰る気持ちになっていた。

「それにしても、この故人様は、羨ましいです。一体何の徳を積んだら、こう 逝けるんでしょうね!」

新米火夫は、閉められた骨壷を 風呂敷で包んで、レンに渡す。

「故人様には、新品の炉を 使って頂けましたから。良かった」

『???』

鉄の台車には、全部は入りきらなかった白く薄く骨が、残っている。

「ああ、新年度で、炉を1つ新しくしたんですよ。雪で、到着が遅れて、そのまま故人様が使えまして、新品の最初です!」

シオンも、レンも、ルイも 鉄の台車を 囲んだままだ。

「たくさん方の、お世話させてもらいます。これからもですが、」

シオンの目から、ツーっと水が落ちる。

「こればかりは、自分じゃ、どうにもならないですから、羨ましいです。できる、ことなら、僕も、新しい炉で逝きたいです!」


シオンは、自然と レンに言葉を 現した。

「レン、、、良かったね、、叔母さん、良かったんだよ、本当にーーー


その後は、シオンの言葉は、レンの号泣する声で、消えた。

驚いて、みた、レンは、

両目から 涙を 溢れさせて、
決壊したように、声を挙げていた。

ルイも 嗚咽を 食い縛って、涙を腕で拭っている。


火夫と、三人だけの 炉前室に、
レンの声が響いている。


『骨上げ』は「グリーフケア」としての場でもあると、聞いた事がある。

長きを共にした 『肉体』が消滅し、果てた『遺骨』を 遺族は 目の当たりにする 哀しさ。


人体解説は、『死者』と『生者』との 緩衝材にもなってくれるという。

死別を、ただの喪失にせず、
これからを生きる、残された「自分を知る」機会になると。

新米火夫も、目を皿の様にして、
レンを 見ていたが、

小さく頷いて、消えて行った。

豪雨に撃たれるような、
嘆きを挙げるレンには、

今どんな 哀しみが、降っている?

シオンは、

大人の男が 激しく泣く姿を

初めて 見た。