真っ白な快晴の空、見渡す限り
焼け野原だ。

これだけ焼けているなら、匂いがしてもおかしくない。

けれど、音はなく、匂いない。
風が吹く感覚も、肌には感じない。

なのに、シオンは焼け野原で、
音もなく 絶叫を上げる男の号泣を見つけた。



時間を半分にしたような、
スローモーションの無音。
燃え尽きた瓦礫の世界を、呪うように、咆哮を連らねている。 のだろう。

シオンは、決壊寸前の哀しみを、嗚咽を堪えて 『三代目』に歩む。

シオンは、無音の世界で、声にならない言葉で、必死に問いかける。

後ろ姿でも分かる、高い上背。

「お祖父様、あたし、
ずっと疑問だった。
お祖父様の存在に。


黒紋付き袴の足を、汚れるままに大きく大地に開いて立つ。

「豪商といって、田舎丈夫が
本当に徴兵されないのか?」

伸ばした黒髪を鬼神のように、
振り乱し、喚き暴れている。

「たかが 近江商人。
されど 商人。
何を商いにすれば」

飛び出さんばかりの目に、血の涙を豪雨に流している。

「終戦と共に、達消えるのか?」

男が、罵る口から、
飛び散る飛沫さえ、紅に染まって。

「要請された、錬金術は、」

握る手は、強過ぎて、爪さえ血に染まる。

「発動しなかった。のでしょう?それとも、否とした?」

掻きむしる爪が、胸に傷をつけ。

「三代目様、」

男の胸から、血が吹く。


「初代の酔雪焼。
二代目の夜寒焼。
三代目は 何を残したのか?」

血塗られた両手で、目を覆い、

「陶器の貨幣という、矜持を欠くモノか?」

男の顔に、血糊が移る、

「いいえ、奥底から 三代目が現したのは、モノはエン。縁。それではないですか?」

『土を金に』ではない。
皿に置かれた 陶器の貨幣。
戒めを込めて、
『モノはエン、物は縁』だったのでは?

三方よしの精神は、三輪清浄の道。

男、三代目当主が 叫びを止めた。

「屋号の印。

陶器の貨幣の入る皿。

大正のステンドグラス。」

シオンも泣くのを止める。

「あまりにも、深すぎて、長い宿題になりました。」


『三代目』は、シオンに手を差しのべる。そこに シオンは、躊躇なく手を置く。

二人で振り替えると、
焼け野原は消え、ステンドグラスが聳える祭壇が 見える。

そして、無数の蝋燭が揺れる。

祭壇までの道を、両側に、
編笠山を頭に、
黒紋付き袴で、
裃を着けた
奉公人の群れが、
天秤棒を構えて
居並んでいる。

ゆっくりと、祭壇へ
バージンロードを行くように、
『三代目』と逝く。

あまりにも多く 家族を、
日ノ本中に持つ
『三代目』にとって、
近代戦争が投下したモノが、
もたらした焦土をはじめ、

日ノ本中の焼け野原は、

己の血の道を、
業火に煽られる
所業だったのでは。

身体中から、血が吹く憤怒を
叫ぶ声に見たようだった。

シオンと、『三代目』は祭壇に着く。
みると、両側の奉公人が、
レンとルイだった気がする。

『三代目』は懐から、屋号の印を取り出し、祭壇に 音なく置く。

シオンが、不思議そうに見ていると、『三代目』は、祭壇から何かを手にして、シオンに促す。

出した両手に 拳ひとつの 泥団子?
が、置かれる。

まるで、最後の晩餐のパンだね。
そっと、シオンは 思う。

はっとして シオンは、『三代目』を仰いだ。

祖父が、明るく笑ってみせる。

シオンは、暖かい 拳のような、
その 泥団子を、
もう一度、祖父の顔を 見つめて、

思い切って、グシャっと、
握り潰した。


途端、ステンドグラスが崩れる。
シオンに、降ってくる。

ああ、この建物は、

あのステンドグラスがあった洋風ビルだ。

崩れる、パラパラと煌めく埃を
崩壊風が巻き上げながら、

ドードーンーーー…

音が

シオンの前で、瀑布となった。

終戦の日、

近代日本の
物流経済の礎を担い、
巨万の富を財した
豪商一族は

歴史から消えた。