シオンは

第四の『耀変天目茶碗』の前にいた。

それは、『宇宙を覗いたような』と形容される、
どの『曜変天目茶碗』よりも、

『若い宇宙』が生まれたような

器だった。




「シオンちゃん、今日は どないするのん?出かけるんかいねぇ。」

茅葺き宿のオバアちゃんが、朝食を食べていると、今日もルーティンで シオンの予定を聞いてくる。

「はい!今日は、信楽のミュージアムに行ってこようと 思いますっ!」

ふざけて、シオンは 箸を持ったままで、敬礼のポーズを取り キリッとしてみる。

「ありゃ~、有名やからなぁ。よーさん人来はるわ。そんなら、車お願いしてくるよって、信楽まで乗せてもらいなぁ。何時に 出よるん?あそこ、早い方が、人少ないやろ?」


![4006d5c4-007e-43ba-bc73-a3aa6143843b](https://img.estar.jp/public/user_upload/4006d5c4-007e-43ba-bc73-a3aa6143843b.jpg)

そんな、朝のやりとりを 思い出し、オバアちゃんに お土産に なるモノが あるだろうか?と、考えながら、シオンは ミュージアム専用の電気自動車に揺られている。

ミュージアムは レセプション棟と、展示棟に 完全野外型で別れていて、シオンのように、巡回の電気自動車に乗るもよし、ゆっくり歩くのもよしになっている。

というのも、レセプション棟からの道は枝下桜が、両側からピンクの子滝みたいに、咲き下がっているのだ。シーズンになれば、さぞ 絶景かな。

桃源郷のイメージで作られた、ミュージアムが造り出す、 現実離れした風景が 始まり、シオンを乗せて、車は進む。


「あたしの、ルーツを巡る旅か。」

シオンは、あえて、言葉にしてみる。

この旅で 初めて、一族が氏子頭をしていた 神社を訪れた。
もう、祖父の生家もないのに、懐かしい風景だと感じたのから、不思議なものだと思う。間違いなく、シオンの細胞に、組み込まれた 原風景を感じた。


『三代目』だった祖父。

祖父が『三代目』を襲名した時と は 時代は変わり、今どきの、シオン達の精神年齢とは 、

違うかもしれない。
それでも、父親を早くに亡くし、一族の当主になる重責とは、
どんなものなのだろう。

社の本殿左右に立つ樹木を見ながらふと、思ったのだ。

「今なら、まだ、高校一年生だもんね。」


シオンが 思いを馳せていると、チラホラ山の中に、色付く花弁が見えた。

「あ、山桜が、もう、こんなに咲いてるもんなんだ。」

枝下桜の道を 行った先に、自然の山を利用した トンネルが現れた。
所々に、早く花咲く、山桜が見える。
シルバーストーンのトンネルは、まるで鏡のように、外の風景を トンネル中に写し混む。シオンには、どこまでも続く 万華鏡の様だ。

「トンネル抜ければ~~、桃源郷!!」


電気自動車は、万華鏡のトンネルを抜けて、山間の吊り橋に出た。標高が高く感じる、開けた眺望。その先に 法院のような、ミュージアムの入り口が見える。
天空の祈り場のよう。

ミュージアムは、その8割を地中に埋設しているため、全容は緑の中。

空気が、清々しくて、太陽が神々しく輝いている。

シオンは 電動自動車が到着した、野外階段で、大きく息を吸った。

「来ましたねー。お祖父様が このミュージアム見たら、なんて言うだろうなあ。『やっぱり近江は、文化と流行の最先端の場所だ!』かな?なーんてね。」

そう、シオンは 天にいるであろう、祖父を思う。


襲名したばかりの『三代目』が 扱うモノ。
金庫の中身を追う旅をしてきた。
その 答えに 出会った時、シオンが思ったこと。

「あまりにも、複雑過ぎる。
いや、行き着いた『モノ』は、滑稽なほど シンプルな『冗談』に 見えた?」

シオンは ため息をつきながら囁いていた。

そして『三代目』は、どんな思いで、あのモノ達を、金庫へ閉まっていたのだろう。


あの金庫は、歴史で、タイムマシンだ。それを 開けてしまった時から、

シオンの宿題は 動き始めた。




それにしても、このミュージアムは 外からのアプローチ、ランドスケープ込みの建物、内容も凄い。

美術品は2000ほど、私立美術館として、国内屈指もしくは、一番ではないか?
シオンの想像を絶する。
コレクション金額数百億円とも言われるのだから。

エントランス入口でさえ、神仙庭を表すような 『円』をモチーフにした近代的な作り。

ルーブルのガラスのピラミッドデザインのI・M・ペイ氏 建築だけある。
ミュージアムは、ミシュランガイドで星を持ってもいたはずだ。

事前に調べているにも関わらず、 シオンは、改めて 驚異の博物館張りの、ミュージアムの姿に、圧倒している。

膨大なコレクションは、期間毎に企画公開されるという。

と、シオンは、ミュージアムのエントランスに入って、目を見張った。
近代的なステンドグラスの芸術的な空間。
それでいて、ガラスで出来たノアの船?
それとも、あの神社の鳥居?
にも みえる 思想的な枠組。

宗教家による、私的美術館だからだろうか、組み上げられた ガラスさえも、『祈り』を、シオンは感じた。

計算された 松の枝が掛かる。
信楽の山並みが広がる。
神がみる 山水画のよう。

古代と近未来の迎合。


そう 思うと、ここが、シオンが、来るべき 場所だったと、
改めて 府に落ちた。


開館すぐの為か、人は疎らだ。


このミュージアム 。
1階は、エジプト美術品。
地下が、ギリシャやローマ、アジア、そして中国の美術品。
2階が特別展示。

世界の文明を辿るような、 順路になる。


今回、他で所有されている『曜変天目茶碗』との、コラボ展示されているのだ。このミュージアムでは、『第四の耀変天目茶碗』がみれる。

国宝『曜変天目茶碗』は
現存が3つ。

この『第四の耀変天目茶碗』は、出来上がりが 謎である
『曜変天目茶碗』に、
『油滴天目茶碗』が変容する
過程のものではないかとう、
稀な位置付けの器。


そして、今
シオンに、とても興味深く映る。

生まれたばかりのような、
虹を持つ、

『若々しい 宇宙』

を閉じ込めた器、
だと思った。