ルイは、夏の暑さが見せる 陽炎のような闇の中にいた。
地面から昇る、熱気のような闇。
その向こうに、夕焼けの陽が見えて
人影がある。
ルイは、その陽を背景にいる、人影に 全力で走った。
まるで、
時間が半分になってしまったような、スローモーション。
自分の体が 思う速度で、動かない。
ルイは叫んだ。
なのに、ルイを取り巻く、燃える闇は、
無音の世界だ。
叫びながら、
ルイはこれが
夢だと思った。
いつの間にか、夢に落ちてる。
なら、
そうルイが 走しる先には
間違うことの無い、
人影。
人影は、
床から高く積み上げられた、
いくつかの『皿の搭』を前に、
絵付けをしている。
シオン。だ。
夢なら、
いつもの 夢なのだから、
そう声にならない、叫けびを上げて、ルイは目の前のシオンを
両腕で 閉じ込める。
途端に、閉じ込めた シオンは
霧散した。
ルイが交差させた 両手のままに、また叫びを上げる。
ふと、隣の闇に
赤い炎が揺らめいた気配。
その前に、黒紋付きの着物を上半身落とした 男が立っていた。
その手には、片手ずつ、
あり得ないほど薪が指の間に挟み込まれて。
指の間から 、どんどん生まれる薪を
男は、大きく振りかぶって、赤い炎に投げ込んだ。
投げて、投げて、投げ込みまくる。
ルイが 赤い炎だと思ったものは、窯だ。
男は窯に、薪を
ルイの目の前で、メチャクチャに投げ込んでいるのだ。
いや、メチャクチャじゃない。
ルイには
まるでその男が、
燃える大太鼓を 薪で舞叩く、
楽師の如くに見えた。
窯の楽師。
すると、その向こうに
夕焼けに焼ける、
田園風景が横たわって、
宴会?をする人々が
スローモーションに浮き上がってきた。
男が舞い入れる薪が、
勢いを増す。
窯は、機関車の煙と化した、火の粉を撒き散らし、ルイに纏わりつく。
払っても、払っても。
闇に浮き上がる宴と田園に、
火の粉は 散りばめた
蛍火にも見える。
ルイは、
その炎に当てられた男の顔を、
自分に似ているように感じた。
やめろ!
それ以上
燃やしまくれば、もう、
爆ぜてしまう!
ルイが 男に感じた瞬間、窯が燃え上がり まるで バックドラフトだろ!!
豪炎化した。
背景となる 宴の人々を照らす
赤い色が ぐっーと、深くなる。
炎の爆風と熱に飲まれそうになり、ルイは片腕をかざして、
必死で逃れる。
舞い上がる 紅の蛍。
窯は、燃え尽きて、
立ち上っていた闇が、
降ってきた。
シオンは、ダイニングチェアに座る ルイの足を、テーブルの下で、カッと蹴った。
「って!」
目の前にある、ルイの肩がビクついたのを、ニヤついて見るシオン。
「ルイ!目、開けたまま、寝ないのー。」
「おまっ、なにしゃがる、ん、だっと!」
そう言って、ルイは 自分の長い両足で、シオンの両足首を 挟んで 自分に ぐっと 引き寄せた。
足を挟み引かれた、反撃で ルイの向かいに座る、シオンの頭が テーブルに くん、と沈む。
「やっ?! 、やめてよ。落ちる!、寝てたくせにー!」
シオンは、ダイニングチェアの座面に肘を立てて、ズレた態勢を直しながら 憤慨。
「ざまーみろ。寝てねーつーの。」
そう 言って、ルイは足と腕を 大用に組みながら、
「で、祖父ーさまのじーさま?は、窯を興して、酒屋から陶器に、扱う品モンをかえたってことだな?」
と、シオンを 上から目線を入れつつ見た。シオンの横に座る、レンが シオンの乱れた後ろ髪を、直して、宥める。
「まあ、寝てなかったってことでね?」
それに、捻るようにシオンは、
「う~。まあ。」
続けて
「簡単な、扱業種を変えるって事でもない、かなあ?~」
と、まとめる。
『初代』は
料亭の庭で 楽焼の窯を作り、料理皿として 世に出す。
そうして 『酔雪焼』が
まず、文化人の目に留るようになった。
『二代目』は更に、城下に近い所に窯を持つことが出来ようになる。
『夜寒の里』と言われる区画。
現在の熱田神宮の北に、興した楽焼の窯での、茶道器は
『夜寒焼』と呼ばれ、ちょうどWA・BI・SA・BIスタイルにマッチしていく。
御庭焼のような 楽焼は、決して量産のタイプではない。
後、『初代の酔雪焼』と、『二代目の夜寒焼』共、余り数が無い事でも分かる。
一族の当主は、
自ず窯元の陶器で、
量的な、市場シェアの支配を目指さない。
もっと 違うアプローチ。
国内外陶器の価格を、
全て決定する実権を、
結果、手にした。
たかだか、陶器商人の話かもしれない。
けれども、
戦乱が終結し、
褒章の領土を渡すこと叶わなず、金小判も産出が自由でなし、
過ぎたるは 謀反資金になり得る
金とて 易々と渡せぬ。
そんな時、
『類い稀なる茶器』というのは、江戸においても、
男の社交にあって
誉れという名の
重要かつ安全な禄となる。
信長も使った手法だ。
市場にある、
全ての陶器の価格を決定出来る力。
それは、江戸幕府が用いる、
『禄の価値決定』を持つ事と
闇に同様となる。
レンは、シオンが体験で絵付けした皿を、ルイに ツィーと渡す。
「この焼きって、信楽焼きと違うの?」
レンの手から皿を受けると、ルイは眺めながら、
「んじゃあ、この皿みてーな楽焼って、 どーゆーモン?」
と、シオンに問うた。
「もともと 秀吉が京に建てた、『聚楽第』近くで焼いた『聚楽焼』からの 『楽焼』なんだよ。『ろくろ』を使わないで、手で作った器を、庭なんかに組んだ窯で焼く焼物。よく、いかにも信楽ーって窯は、穴窯、登窯って、もっと 高い温度の窯なんだって。」
シオンの応えに、皿を指の爪で、チンと弾く、ルイ。
「陶器商人なのに、大量生産じゃ無い。オモシロイね。」
レンは 呟いて、さっき再沸騰させたポットから、今日何度目かのコーヒーを淹れようとした。ので、シオンは、
「あ、あたし、淹れるよ!」
慌てて立とうとする。けれど、レンは シオンを制して、三人分のコーヒーを淹れてしまった。
寒い。
時間の感覚が、狂う?そんな夜を感じるのは、この夜が『寝ずの番』だからなのか?
シオン達が レンの淹れ直したコーヒーに、手を付ける刹那、
灯っていたオレンジの光が、ゆっくりと 光量を陰らせ、また灯り始めるを、した。
「え、何!あ、あつっ!」
一瞬、暗くなりかけた 驚きで、シオンは、カップを握る手を 狼狽えさせて、 上下した。
なので、淹れたての カップの中身が、勢いよく 手に掛かる。
「あつーぅ、やった」
シオンが 慌てて、カップを置くかいなかで、レンが
「すぐ、冷やす。」
と、ミニキッチンの流しに、シオンを 生むも言わせず 連れていく。
と、後ろから囲むように シオンの手を取り、繋いだまま 蛇口の流水に浸した。
なんだ、この早業。
「ちっ!マジ、ドンクサイまんまだな。薬あるから、すぐ 手ぇ かせ!!」
そう 忌々しそうにしながらも、ルイは すぐに、 和室の鞄を あさりに行きながら、ブツブツ言っている。
「ブレーカーが悪くなってんのか、…最悪あれだな。やっかいだろ、、」
もう、流水で手は冷えたから、大丈夫だと、シオンが レンを振り見上げた時、そこには、漆黒しかなかった。
「わ!」
思わずシオンは 声をあげ、続いて、レンが照明を仰ぎ見るのが、背中でわかる。
「ブレーカー、落ちたのか?」
レンの声が 思う以上近く、シオンのツムジ上から聞こる。
レンが手探りで蛇口を閉めたのか、シオンの手に水の感触は消えた。
闇を改めて 認識したシオンは、
すっと怖くなる。
場所が場所なだけに、空の闇に 何かが立っていやしないかと思ったのだ。
「うー 、怖い」
あえて 声にして、自分を落ち着けようとする。
すると 闇の中なのに、大きな手が、シオンの両面を覆うのが 分かった。それは レンの手だ。
「?!」
意味が分からない、シオンに、
「目、凝らして暗いと、怖いだろ? 手で創る、暗さは、少しはマシだから。」
そう レンが、さっきよりも ずっと 頭に響くように 話す。
言われて シオンは、レンの手の中で目を凝らしてみる。
「…ほんと、怖くない。なんでか、暗いのに、レンの手の中、『天目茶碗』みたいだし。」
暗さでも、シオンは、安心した。
「おい!」
ふいに ルイの声がして、小さな光が、レンの手の間からこぼれる。
ルイが、電話の明かりを着けたのだろう。手に薬のチューブがある。
「足。」
レンは ルイに 短く、それだけ言って、シオンの手をタオルで拭いたら、自分の 電話の明かりを着けた。
「ブレーカーならいーが、こりゃ雪だ。雪で、どっか電線イカれたんじゃねーかな。今日ここら、雪、多いしな。」
ルイは、レンが シオンから動いたのを見ると、事務所に ブレーカーを見に行くのだろう。ドアを開けに歩く。
薬を冷やした手に、シオンは 塗る。
一旦 ダルマストーブを消したレンは、取っ手を持ち上げて、こんどは 和室に運び始めた。
「ルイが、言うから、きっと停電だ。なら、暖房がダメになる。」
シオンも、自分の電話の明かりを着けながら、
「すぐ、直らないかも?」
と聞いた。
雪の寒さと、停電の暗さに、急に 不安がやって来る。
ポットのお湯を キッチンのアルミ鍋に入れて、ダルマストーブに置く。
棺の前にある蝋燭は、電池なので、とりあえず 安心だ。
レンは、手際よく、もう一度ダルマストーブの火を着けた。
事務所のドアから、電話を片手に 戻ったルイは、和室の襖を タンっ、タンっ、と全部閉めていく。
「やっぱ、停電だな。ダチに、電話したら、ここらの奴等んとこも、電気つかねぇだとよ。」
それを聞いて、シオンは、
「ねぇ、暖房付かないなら、ヤバくない?荷物の洋服、全部着ようかなっ」
と、縮み上がる。
が、その言葉は、ポサッと、投げられた
式場の毛布で癒された。
「シオン。毛布も、蒲団もあるから、しっかり くるまって。」
そうレンは、ルイにも毛布を渡した。
きっちり、クリーニングされた式場の布団に、シオンは少し安堵する。
「なんだか、とんだ『寝ずの番』だよー。」
三角座りで、ダルマストーブにシオンは、にじり寄りながら、思わず ため息が出てしまった。
「俺は、一人じゃなくて、よかったよ。下手したら、今頃、ここに一人だ。」
レンとルイは、両側に シオンを 挟むように、毛布にくるまって、座った。
「『寝すの番』ってか、こんな暗闇じゃ『冬の夜話』だろ!」
「わ、やめて。今度は あたしが怖い。」
ルイを、シオンは 睨む。
「なら、なんか 話せよ。続きでも 話してりゃ、すぐ朝んなるだろ。」
そう言って ルイは、自分の毛布をしっかりかけ直した。
明かりが
ダルマストーブだけになると、
雪の夜が更けているのが、
いやでも感じれて、
シオンも 毛布をしっかり巻いた。
ダルマストーブの火に掛けていた鍋が すぐ沸騰してきた。ポットからのお湯なのだから、当然だ。
鍋から 立ち上る、ユルリとした湯気を見て、ルイが
「なあ 今、鍋に、燗入れ れたら、上手い酒、飲めるよなあ。」
と、物欲しそうに ダルマストーブを見て呟いた。
棚に グラスはあったけども、徳利は ないし、清酒も、ない。シオンも、さすがに 地酒は持ち合わせてない。
「停電の雪の夜。だしね。」
レンも、ダルマストーブを見ながら 呟く。
シオンは 思い出した様に、笑って、
「ははっ。寒いから、熱燗…。ご先祖さま達に、これこれ、ソナタらは、安直だねーって 笑われるかもねー。」
二人と同じように、ダルマストーブを見ながら 揶揄した。そして、
「『夜寒焼』って、寒い夜。今みたいなイメージでしょ? でも、茶道なんかで、『夜寒焼』ってね、敢えて 夏に使うのが粋だって言うんだよ。字面を 眺めるだけでも、『いと涼し』、ってねー。」
シオンは、三角に 立てた、自分の膝に 顔を乗せて、悪戯気味に笑った。
「なんだ!それ、すげーな。」
ダルマストーブから、シオンに目を向けて、ルイが 驚く。
「でしょ? 『酔雪楼』でだされる、料理 1つ1つに、句なんかを読むような 人達だよ。それこそ、煮物に、『一面に、湯気立つ池や、霜の朝』とか言うんだよー。おんなじ、湯気みても、ルイの熱燗とは、大違いー。」
シオンに つられて、レンも クスッと 笑うと、ルイは 明らかにムクれた。
そんなルイを 眺めつつ、
「そうだよね、『酔雪焼』とか、『夜寒焼』とかを焼き物の名前にするぐらいの人達だからね。」
子どもの頃のような 微笑みをレンがした。
「うん。窯のある所が、焼き物の名前になるんだから、そこまで考えて、選んだ土地だろうねー。なんていうか、『モノが持つ力』みたいなものを、熟知してるって 仕掛ける人だったんだなって思うよ、ご先祖さま達は」
レンを見ながら、シオンは応えた。
「シオンが、お祖父様の金庫で見つけた、焼き物は、そんな焼き物だったんだ?」
ダルマストーブの火を また目を向けながら、続けて レンは聞く。
それに、シオンは、金庫を 思い描きながら語る。
「両方の焼き、あった。二つは、極端に個性が 違う、銘々皿。そんなに大きな 皿じゃない。なのに、どっちも 一目で、心が惹かれる。あんな お皿、初めてだった。」
そう、レンとルイみたいな 存在。
「『モノが持つ力』か。そりゃまるで、オーラみたいな、もんか。それか、縁みたいな、もんなのか。」
ルイの目にも、ダルマストーブの火が燃えているのが見える。
「おんなじ様な事を 三菱総帥が言ってたかも。『天下の名器を 私如きが使うべきでない』」
片手を頬に当てて、シオンは虚ろげに呟くのに、レンは 、聞いてきた。
「それ、なんの器なんだろ、、?」
「、、さっき、レンの手の中で、言った、『天目茶碗』だよ。」
シオンが、内心で小波が立つのを、押し隠して、口をニッと上げた。
レンは、少し 間を開けて、片手を口に当てて、目を見開く。
何が、レンの頭に浮かんだだろうか。
本当に、 どこまでも、自分達は、一族の血を惹いている。そう、シオンが 思う瞬間だった。
ルイも、胡座の膝に置いてる、手を組んでいる。
ルイの心にも、なにが動いたのだろう。
三人、暫し、黙。
人は 沈黙すると、
より五感が冴えるのだろう。
さっきまで、全く気が付かなかった微かな 薫りを、
三人が纏っている。
そんな事に、今 気付いた。
そうか 三人共、
ここのシャンプーを
レンもルイも、あたしも
使ったってことだ。
と、シオンは 静けさの中、
納得した。
子どもの時のお風呂上がり、
日記を読む時以来だな。
とも、考える。
そう思うと、
何故だろうか、自然と
シオンは口を開く事が出来た。
幼なじみとか、
従兄弟とか、
そんなものだ。
ダルマストーブを、見つめるだけのレンとルイに、独り言のように
シオンは語る。
「お金って、国や時代が変わると、価値も変わると思う。でも、お祖父様の金庫で見つけた皿は、 100年たっても、国とか、それこそ星が変わっても、『その力』が感じられる『モノ』だって思った。お祖父様達が扱っていたモノの『正体』を 垣間見たって。それこそ、天目茶碗なんて、その最たるモノだと思う。」
レンも ルイも きっと、まだ黙ったままだろうから、シオンは、続けた。
「天目茶碗って、『覗くと、宇宙が見える茶碗』って、いわれる 世界で4つしかない、中国で焼かれた茶碗なんだよ。なのに、何故か全部、日本にある。かつて、信長も持っていたなんて、ロマンあるじゃない?その1つが信楽にあるんだから、見に行かないわけない。」
レンが 横で、コクリと 頷いたのが分かる。
「それにね、信楽のミュージアムに『夜寒焼』もあって、近江商人が持っていた、ステンドグラスもあるって 分かったから。」
そこで、ようやく ルイが、
「それって、金庫ん中のやつみたいなってことか?」
ちょっと食い気味できた。
「同んじゃないけどね。でも、ちゃんとした状態を見たかった。それに、あと、もう1つのモノ、忘れてない?」
「あとは、陶器のお金だよね。それって、本当に、お祖父様が作ったモノなのかな」
そのレンの問いに、シオンはレンを見つめる。
「だいたい、節操ないだろ!陶器商人が、なんでカネなんか、つくんだ。それも、そんなモン 本当に使えたのか?」
反対に座る、ルイを 今度は見つめた。
「ルイ、『初代の酔雪焼』、『二代目の夜寒焼』ときて、『三代目』のお祖父様は、『陶器の貨幣』を作ったんだよ。その違いはね、お祖父様が世襲した時の事に意味があった…、第一世界大戦、だよ。」
「戦争か…。」
レンが、ダルマストーブの火を目に宿した。
「そう、お祖父様は、正式に、造幣局から、戦時中流用貨幣を陶器で増産する依頼を受けてた。とうとう、経済そのものを動かすモノを扱う事になる」
「おま、でもそれ、金でも、銅でもねーじゃねーか。」
レンも 同じ表情だ。シオンは 言った。
「そうだよ、土から金を、本物の錬金術の要請だよ。」
ルイの息が 一瞬止まったのが、
シオンは、面白いほど 分かった。
今、
外では、降りしきっている
であろう雪。
停電の暗闇の中
三人の日記の宿題は、
間違いなく、山場を迎えた。
と、思わされた。
「本日の善き日に、神前にて、元服の儀を執り行い、三代目を襲名致します事、また、その儀の執り行い誠に有り難く存じます。」
只今を持って、元服をしたと同時に、幼名を 捨て 『三代目』となる。
未だ十代にての襲名は、余りに早計ではあるが、『二代目』である、父上が急逝。
まさか、元服の儀と共に襲名なるとは、思わない。
儀式の合図をする、鈴が鳴る。
一族が代々に 氏子頭を担っている、神社には、本来なら大勢の奉公人が、紋付き袴で居並ぶところだろう。
『三代目』の元服。
いや、元服したばかりの襲名主であろうだけでなく、国の状況もあり、『元服の儀』を内内で行い、襲名披露を明日挙行する。
巫女君が、聖水を手洗に 掲げ持ち寄る。聖水に、映り混む姿でもって、自ずから髪を上げるのだ。
それが、『髪上げの儀』。
水に映る 己の顔に、
若輩であっても
威厳、カリスマ、冷静さと、寛容さを張り付けねばならない。
『三代目』は、柘植の櫛で、伸ばした髪を簪で捻り上げ、頭頂にて
差し止める。
そして、頭髪に刀を、押し当てる。
開国となり、洋装もする為、髷を結う習慣も 変容してきた。
頭に、月代をつくる剃り上げも
失くなる。
『三代目』は、刀を手に ふと、思いを巡らせる。
大正なり、まだ数年。それが、開戦とは。
列強国に、参じて日ノ本も
大戦参加となった。
これが、どうでるだろうか。
巫女君が聖水を引き下げに来る。
『三代目』は 静かに 巫女君に、一礼した。
軍は 強気だと聞いていたが、
経済は、不況だ。
戦争景気をねらうようだが
そればかり、
甲高にも 言ってられない。
再び、鈴の合図がする。
今度は、巫女君が、烏帽子を 掲げ持ち寄る。
『加冠の儀』だ。
『三代目』は、烏帽子を 手にとり、先ほど、上げた簪部分を
入れ込むように、かぶる。
そっと、息を吐き出す。
先急ぎ 、自分にも 満州に入るよう、商い要請もあったが、乗る予定のプロペラ機が、墜落したと、聞いている。
予兆なのか、
何か意図が働いたものか。
知り得ないが、
本来 うちは、血族より衛星拠点の支配人を まず置く方針できている。
三度の鈴の合図がする。
『三代目』は、顎の下で 烏帽子の紐を結ぶ。
秀吉殿の中国遠征を
聞いてきた 一族としては、
必ずしも楽観できない。
戦の規模が、違い過ぎる。
巫女君が清酒の杯を、掲げ持ち寄る。
『三代目』は、一礼をして、杯を手に 清酒を含む。
一礼して、杯を盆へ戻す。
神主殿の祝詞があり、
舞殿で、神楽舞が始まる。
神楽の音色に乗せて、『三代目』は、さらに 思う。
一族が代々氏子頭を務めるこの社は、奥宮のある山の麓。
緑の壁となって、この聖地を
守護してくれる社。
山里の分類だろうが、
日ノ本中から、奉公人が集まる。
情報の拠点、物流の城。
琵琶湖という、自然の水瓶は、
農業、産業、運搬業さえ支えている。心臓なのだ。
巫女舞の鈴が 良い音色で
振られる。
『器』ひとつとっても『国の色』は、解る。
我が日ノ本の器は、漆即ち木。
中国、亜細亜は、陶器即ち土。
欧州は、ガラス、即ち鋼。
我が日ノ本ほど、
鉱山資源の数多さは
珍しい。金や銀もある。
しかし、外の国に比べ、土地が少ない。ゆえに 量が少ない。
多様だからこそ、流動し、活性する。
過ぎるような、大量になれば、枯渇する。
ああ、神楽舞が終わった。
これから、奥宮にも、ご挨拶に参る。しばらく、社の者達の
装束変えだな。
『三代目』の今日の儀礼服は、いつもの黒紋付きではなく、狩着ぬの為着替えはない。このまま合図があるまで、待機となる。
なれば、神殿に語ることにするか。
『三代目』は、囁いて、神前に襟を正し、座した。
「私は、陶器商いですからね、
神様に、器の余興話しでも
させて頂きましょう。」
一人本殿にて、神殿お相手に、落語だなと『三代目』は、笑えた。
「世の中には、名水、名刀など
ございますが、
私どもが扱って器にも、
名器なるモノが ございます。」
「主を選びますというか、
時代の流れの場所に
惹かれるのは、人だけにあらず、
器もなんでございますよ。」
「宗の時代より言われる
天下の茶碗なんど、気が付きましたら、
将軍家から、豪商へ、そこから、今度は財閥へと 渡りました。」
器は選んだのでしょうか?
「そこに権力あれば、宝は集まるものとは、不粋はご面ですよ。
選んだ主と、共にする器もございますからね。」
ああ、そろそろ、巫女君が参りますね。奥宮にこれから向かう合図がくるなと、『三代目』は分かった。
「神前で、いうのも何ですが、
『三衣一鉢』って言いますが、
人は、生き切る時には、器一つでいいものだと
本当は、私は、思っております。」
そう言って、『三代目』は深々と神前で、床に、頭をすり合わせて礼を取った。
そして、思う。この地には 葬儀の際に 故人の頭に剃刀をあてる。
仏の道に入る儀礼として。
元服は、親の庇護から抜ける儀礼でもある。
『三代目』は、只今もって、一族の砦となるのだ。
ですから、
どうか、
常しえに、
この里の、日ノ本にある家族を
護ってくださいませ。
10話ごとに、描き進めると投稿している サイドストーリー4 出しました。
ルイの独白です。
本編に入れるか、迷いましたが、サイドにしました。
ここまで、読んで下さり有り難うございます。
この後、宜しくお願いします。
シオンは
第四の『耀変天目茶碗』の前にいた。
それは、『宇宙を覗いたような』と形容される、
どの『曜変天目茶碗』よりも、
『若い宇宙』が生まれたような
器だった。
「シオンちゃん、今日は どないするのん?出かけるんかいねぇ。」
茅葺き宿のオバアちゃんが、朝食を食べていると、今日もルーティンで シオンの予定を聞いてくる。
「はい!今日は、信楽のミュージアムに行ってこようと 思いますっ!」
ふざけて、シオンは 箸を持ったままで、敬礼のポーズを取り キリッとしてみる。
「ありゃ~、有名やからなぁ。よーさん人来はるわ。そんなら、車お願いしてくるよって、信楽まで乗せてもらいなぁ。何時に 出よるん?あそこ、早い方が、人少ないやろ?」

そんな、朝のやりとりを 思い出し、オバアちゃんに お土産に なるモノが あるだろうか?と、考えながら、シオンは ミュージアム専用の電気自動車に揺られている。
ミュージアムは レセプション棟と、展示棟に 完全野外型で別れていて、シオンのように、巡回の電気自動車に乗るもよし、ゆっくり歩くのもよしになっている。
というのも、レセプション棟からの道は枝下桜が、両側からピンクの子滝みたいに、咲き下がっているのだ。シーズンになれば、さぞ 絶景かな。
桃源郷のイメージで作られた、ミュージアムが造り出す、 現実離れした風景が 始まり、シオンを乗せて、車は進む。
「あたしの、ルーツを巡る旅か。」
シオンは、あえて、言葉にしてみる。
この旅で 初めて、一族が氏子頭をしていた 神社を訪れた。
もう、祖父の生家もないのに、懐かしい風景だと感じたのから、不思議なものだと思う。間違いなく、シオンの細胞に、組み込まれた 原風景を感じた。
『三代目』だった祖父。
祖父が『三代目』を襲名した時と は 時代は変わり、今どきの、シオン達の精神年齢とは 、
違うかもしれない。
それでも、父親を早くに亡くし、一族の当主になる重責とは、
どんなものなのだろう。
社の本殿左右に立つ樹木を見ながらふと、思ったのだ。
「今なら、まだ、高校一年生だもんね。」
シオンが 思いを馳せていると、チラホラ山の中に、色付く花弁が見えた。
「あ、山桜が、もう、こんなに咲いてるもんなんだ。」
枝下桜の道を 行った先に、自然の山を利用した トンネルが現れた。
所々に、早く花咲く、山桜が見える。
シルバーストーンのトンネルは、まるで鏡のように、外の風景を トンネル中に写し混む。シオンには、どこまでも続く 万華鏡の様だ。
「トンネル抜ければ~~、桃源郷!!」
電気自動車は、万華鏡のトンネルを抜けて、山間の吊り橋に出た。標高が高く感じる、開けた眺望。その先に 法院のような、ミュージアムの入り口が見える。
天空の祈り場のよう。
ミュージアムは、その8割を地中に埋設しているため、全容は緑の中。
空気が、清々しくて、太陽が神々しく輝いている。
シオンは 電動自動車が到着した、野外階段で、大きく息を吸った。
「来ましたねー。お祖父様が このミュージアム見たら、なんて言うだろうなあ。『やっぱり近江は、文化と流行の最先端の場所だ!』かな?なーんてね。」
そう、シオンは 天にいるであろう、祖父を思う。
襲名したばかりの『三代目』が 扱うモノ。
金庫の中身を追う旅をしてきた。
その 答えに 出会った時、シオンが思ったこと。
「あまりにも、複雑過ぎる。
いや、行き着いた『モノ』は、滑稽なほど シンプルな『冗談』に 見えた?」
シオンは ため息をつきながら囁いていた。
そして『三代目』は、どんな思いで、あのモノ達を、金庫へ閉まっていたのだろう。
あの金庫は、歴史で、タイムマシンだ。それを 開けてしまった時から、
シオンの宿題は 動き始めた。
それにしても、このミュージアムは 外からのアプローチ、ランドスケープ込みの建物、内容も凄い。
美術品は2000ほど、私立美術館として、国内屈指もしくは、一番ではないか?
シオンの想像を絶する。
コレクション金額数百億円とも言われるのだから。
エントランス入口でさえ、神仙庭を表すような 『円』をモチーフにした近代的な作り。
ルーブルのガラスのピラミッドデザインのI・M・ペイ氏 建築だけある。
ミュージアムは、ミシュランガイドで星を持ってもいたはずだ。
事前に調べているにも関わらず、 シオンは、改めて 驚異の博物館張りの、ミュージアムの姿に、圧倒している。
膨大なコレクションは、期間毎に企画公開されるという。
と、シオンは、ミュージアムのエントランスに入って、目を見張った。
近代的なステンドグラスの芸術的な空間。
それでいて、ガラスで出来たノアの船?
それとも、あの神社の鳥居?
にも みえる 思想的な枠組。
宗教家による、私的美術館だからだろうか、組み上げられた ガラスさえも、『祈り』を、シオンは感じた。
計算された 松の枝が掛かる。
信楽の山並みが広がる。
神がみる 山水画のよう。
古代と近未来の迎合。
そう 思うと、ここが、シオンが、来るべき 場所だったと、
改めて 府に落ちた。
開館すぐの為か、人は疎らだ。
このミュージアム 。
1階は、エジプト美術品。
地下が、ギリシャやローマ、アジア、そして中国の美術品。
2階が特別展示。
世界の文明を辿るような、 順路になる。
今回、他で所有されている『曜変天目茶碗』との、コラボ展示されているのだ。このミュージアムでは、『第四の耀変天目茶碗』がみれる。
国宝『曜変天目茶碗』は
現存が3つ。
この『第四の耀変天目茶碗』は、出来上がりが 謎である
『曜変天目茶碗』に、
『油滴天目茶碗』が変容する
過程のものではないかとう、
稀な位置付けの器。
そして、今
シオンに、とても興味深く映る。
生まれたばかりのような、
虹を持つ、
『若々しい 宇宙』
を閉じ込めた器、
だと思った。
『二代目の焼物』それは、
反対の位置に
予想通り、
目立たず 静かに、
佇んでいた。
そういう器、いや、
酒器なのだと思う。
一見にして平凡に
それでいて、
詫び錆びある。
惹かれる。
「酒器、なんだ。」
確かめるように、
シオンは 呟いた。
金庫の皿を彷彿させる。
酒器。
「っつ!
胸が、息が、喉の奥が、
なんだか、ヒリヒリする。
気持ちが、思いだされる。
「?」
あの、天目茶碗を見てでさえ、
こんな気持ちにならない。
「なんで!」
シオンは、自分の感情からくる症状に戸惑う。
戸惑うなんてじゃない。
「あっ、、あ、うっ、
シオンの目が 強張った。
『目から、水が』
『口が、』
こんなに歪む。
般若口に、 引き下げられる。
足の裏から、
驚きが沸きだして、悲しみに
恐怖する。
憤りに、泣ける。
「た、たあっ、!
刹那に 記憶が
シオンの頭に
叩きつけられた
「うわっあぁっ、、
記憶が顕になる
と、同時に感情が衝撃に変わる。
なんの事ない、
他愛のない、記憶。
なのに、膨だの鳴き息になって、
シオンは、陸で えずく。
記憶のシーンが
映像に目えに。
『祝儀袋、祝儀袋、祝儀袋、祝儀袋!
お祖父様の上着から、!!!!
こぼれ落ちた、
たくさんの祝儀袋!!!!!』
この時。か?
祝儀の嵐が目の前が スパークして、
霧に包まれる。目に、水が。
祖父が
シオンとの 普通のやり取り
走馬灯
「はあァあ、はっ、うぅ、、
シオンは、
湧いてくる
生理現象に、耐えれず
ミュージアムで、
激しい 嗚咽を
巻き始めそうになる。
「うっ、うっあっ、、、うぇっく
あの最後の夏、
シオン達が三人で行った 花火の夜。
「はあっ、はあっ、、うっ、うぅ、
客間の上着
『な、わー!何!え?え?。お祖父様!!何で、お祖父様の上着に、こんな、祝儀袋、 あるの?!』
祖父が
いつも首に飾る『ループタイ』を 、
客間のテーブルで見つけたシオン。
祖父は、普段から
カッチリしたスーツに、
ベレー帽。
ループタイをしている。
そして時計は、懐中時計。
そういえば、ネクタイは見た事がないかも?そう、シオンは思いながら、ループタイを、上着のポケットに入れようと思ったのだ。
祖父のループタイは 、どれも 和組紐に、円形のタイ留めに統一していたが、何種類も持っている。
シオンが ちょっと、上着のポケットを触ると、バランスを崩したのか、ハンガーから 上着が 落ちた?
何か重量がある のか?
不思議に思いつつ、
畳に落ちた上着を シオンは、
慌てて拾い上げる。
その時、
上着の内ポケットが飽和状態になっていたのか、
中身がバラ撒かれた。
それが、
『祝儀袋、祝儀袋、祝儀袋、祝儀袋、紅白の水引が 掛けられた、同一の祝儀袋達』
だった。
中身が全部、入っている感じも、しっかりしている。
ただ、それだけだ。
なのに、
「はあっ!はっ、つっ!
思い出した、あの時、
お祖父様は
『全部、どこで会うか分からんからな、会えた時、直ぐ渡せるように、しとるんじゃ。』
あの『モノ』は
「う、う、ぅ、っ、、、」
『誰に?何で?わかんないなー。お祝いのお金?そんな、すぐ、渡すことって、ないでしょ!』
バカだ、
自分…。
全然ダメダメじゃん。
『あれは、生への祝い』
「うあああああああ、あー
いちど 咆哮して、
「あ、ああああああーーー
落ち着け、
『あの、モノ『形』、
袋の中のは、ただの金だ。
口は、半開きで、
ガチガチ歯が鳴るのを、
『捕らわれいたのは』
でも、象徴だ。
シオンは、身を屈めて、
必死で堪える。
『あたしだ!!!!!』
「ん、んんん
目から 勝手に 水が 出そうだ!!
『会えた時、会えなかった分も 渡せる。なければ、渡せんだろうが?』
お祖父様は、困った顔で、
教えてくれた。
『必ず、誰かしら、祝いはある。子どもや、孫、数は増えて、どこで会うか、わからんからの。』
そう言って、
やっぱり分からないシオンを見ると、
声にして 明るく笑った祖父。
笑ってみせてくれた。
『無知、罪、深い、』
こんな、大事な 話、してたのに、
「あ"ぁァーっ、あ"っあっ、、」
人間は、こんな顔をして、
恐怖のように、泣くのか?
『あの人達は、こんなモノを抱いて繋ぐ業を、』
こんなに、
残酷に
嗚咽するのか?
出来るのか?って、
思う酷い顔して
『これからも、してたのか?』
立って、られない。
嗚咽を口から出さないように、
口を両手で塞ぐのに、
口が、戦慄いて、閉まらない。
目を塞ぐと、涙が出そう。
目を大きく開いて、
戦慄いく口を不様に、
両手で閉めるのも、
『モノって、何だ?!心臓に流れるモノの本当は』
断罪されたみたいに、
限界だ。
「はあーっ、はぁっー、、」
あれは、あの、気持ちは、
こんなに、こんなにも、
『立つことの、おもさが、ハチキレそうなのか!!』
紅、白、紅、白、紅、白、白!
『血なのか誇りなのか、それは 』
歯が鳴る、歯が鳴って、
居たたまれない……。
「あーーー、明るく明るく
もう、変に思われても、外に出よう。とりあえず、出よう。
シオンは、顔を手で隠して、足早に、エントランスに戻る。
『やだ、やだ、やだ、』
浅はかだった! 土くれから、
お金その物を造るなんて、
初代、二代と比べて、
どう思ってたんだろうなんて、
そんなの、本当に、
浅はかで、
軽薄バカな 推測じゃないか!
『血管は 広がって、楔になるのか』
シオンは、もう、ぐちゃぐちゃの顔で、白く光る
エントランスの自動ドアの外へ飛び出して、
そのまま 両手を顔に当てながら、号泣した。
カッコ悪い!
頭おかしいみたい!
でも、両の目から、
水が止まらないし、
口が裂けそうに、
声が漏れ
ほとばしるって、
『こんな心臓、あたしは、存在に、たられない』
音が、しない。
『初代さん、』
風が、ない。
『二代目さん』
両手を下ろした、
『ようやく、わかりました。』
シオンの目の前には、
桃源郷みたいな
山並みはなく、
一面、白色、焼け野原、
だった。
『真の『三代目』に、会う』
シオンは、その人物を
耐え難い
悲しみを堪えながら、
探す。