「あのさ、叔母さんの喪服、借りても いい?」
シオンが ルイと雪の中、コンビニで買ってきた 『滋賀めし弁当』なる幕の内を、レンに手渡しながら 思い切って 聞いてみた。
のだが、
「軽はずみ だった。」
と、レンに車で連れてきてもらった 2件目の家を見て シオンは、激しく後悔している。
さすがに 叔母の告別式が、明日の朝一番、 火葬場での直葬式になると聞いた シオンは、気持ちを変えた。これは、もう 今日の通夜の後も残って、明日の直葬も参列する事に決める。
なにより、参列者が、喪主のレン以外に シオンとルイしかいないのだから。
ただ、シオンの 一番の懸念が 通夜の受付から、明日の直葬式までを 『喪服無し』で 参列することへの 引け目だ。
かと 行って、 もう時間も近い。通夜受付に立つ事に、 間に合わせるには、大雪の中を 喪服を買いに行く余裕は、全くない。
額に片手を当てる癖をして、考えて出た策。
それが 非常識、重々承知なことに。
シオンは、式場の近くにある 叔母の家から、叔母の 喪服を借りることを レンとルイに お願いしたのだ。
そして、 1件目の家に連れてもらう事になる。
「ママに来た、叔母さんの年賀状に、新しい家を買ったって書いてた。一回 見たかったんだよね。」
式場で シオンの無茶な願いを聞いて、レンは 目に影を落としながらも
「そうだな。いいよ。」
と、了承してくれた。
レンは もうすぐ始まる 通夜式場を、ルイに留守番を頼み、すぐ シオンのを車に乗せてくれた。
相変わらず、雪は 酷く降っている。そのまま、全て 埋まってしまいそうな世界。
そんな 時間がわからなくなる白の世界に囲まれ 、車を走らせるレイは、今度は 終始無言だった。
車はすぐ 1つの洋館前に着いた。
生前、叔母が 年賀状で書いていたのは、
叔父がなくなった余生を 叔母は、自分好みの 新しい家で 過ごすことにした。と
いう内容だった。
年賀状には、新しい 白い新築洋館が印刷されていた。
どれどれと 年賀状を見たシオンは、その写真をみて 思ったのを覚えている。
建築の作りが女性的で、 きっと内装も、家具も、 叔母の念願が 叶った 可愛い住まいだろうと 簡単に予想した。
なのに、その予想は、覆された。
レンが連れてくれた、1件目の家は間違いなく、かつて 郵送された年賀状ままの洋館だ。
でも シオンは、 レンが 開けてくれた玄関を入った瞬間、愕然として、後退る。そのまま シオンの後ろでドアを開けた、レンの胸にスプリングコートごと、背中が当たる。
洋館の中には、何も なかった。
叔父が亡くなって、 建てて。
叔母が、住んでいるなら、もう10年は経っているはずだ。
しかし、シオンの目には 生活感の全くない、無機質な 空間しか 映っていない。
言葉を発せず、レンの胸の内に佇むシオンに レンは、優しい響くように しゃべる。
「お袋と、何回かは 電話してたんだけどね、その時は わからなかったよ。まさか、新しく家を建てたのに、住んでないなんてね。俺も 一昨日来て、驚いた。」
家は、建てられた『まま』だった。
何も 入れられいなかった。
「東京から駆けつけて、ハナから 実家だと思って ドアを開けたら、これだろ。最初なにが 起こったのか わからなかったよ。」
まだ、何もない空間をみたまま、黙るシオンに レイは せめて、声だけでも 何か 家に置くように 続けた。
「…いや、正直、背筋が寒くなったかな。」
レンが どんな顔をしているか、シオンにはわからない。
しばらくして、レンを振り返り、シオンは 訊ねた。
「ねぇ、喪服は あっちの家だよね? 叔母さんがいたのも、あっち?」
レンがシオンの冷えた肩に、同じ様に温度のない 手を置いた。
「喪服、あっちの家だ。」