17時、小豆里高校近くの商店街。あと1時間もすると、日は赤く色づき始める。
「はい、ラスト! カット170! 並んで数歩歩いてからの台詞、いきます。よういっ……アクション!」
カチン!
『……そうだ! ねえ、和志。久しぶりにあそこ行ってみない?』
『あそこ?』
『へへっ、まるで渓谷みたいな練習スタジオだよ』
「カット! 全員でモニターチェックします! ソウ君、再生!」
「あいよ」
「……うん……うん。気になるところある人いる?」
「ワタシは大丈夫です」
「俺もこれでいいと思います」
「台詞バッチリだった!」
そこまで聞いて、桜さんはすうっと息を吸う。
そして、周囲の人も気にせず、空に声をぶつけるように叫んだ。
「オッケー! 全カット撮影終了! クランクアップです!」
「おつかれさまでしたー!」
7月4日。1ヶ月弱、4回に渡った280カットの撮影は、恙なく終了した。
拍手が響き渡る中、うまく言葉にできない達成感が血液に混じって全身に行き渡る。一方で、「ああ、終わった」という気持ちのすぐ隣に「ああ、終わっちゃった」という気持ちが顔を覗かせ、まだまだやり足りない自分が心の中でシャドーボクシングをしているようだった。
「ようし、これから地獄の編集作業が残ってるけど、ちょっとだけ打ち上げするぞ。案内します!」
手早く機材を片付けた颯士さんを先頭に、全員テンションの高いままに商店街を歩いた後、バスで数分だけ移動する。やがて到着したのは、店内で食べるスペースもあるケーキ屋だった。
「最近できたらしい」
「わっ、ステキ!」
雪野さんがショーウィンドウから中を覗き、興奮気味に叫ぶ。凹凸も汚れもない綺麗な白い壁に、ファンタジーの作品に出てくるようなダークブラウンのいかついドア。店内のケーキの入ったケースには、カラフルでSNS映えしそうなケーキが並ぶ。
現実世界から迷いこんだのかと思わせる店構えに一同緊張していると、予約取っておいて良かった、と颯士さんがテーブルまで案内してくれた。
「良い店ね、ここ。藤ちゃん、演劇部でも何かで使えないかな」
「バス使わなきゃなのがちょっとなあ。あ、でも雪野ちゃんや永田君のチームの打ち上げに私達がテイクアウトで準備するとかありかも」
「それいいな。みんな写真撮りたがるだろうし、女子に大ウケな気がする」
すっかり仲良くなったキャスト達がテーブル2つをくっつけた8人掛けに並んで座る。
機材を端のスペースに置き、ひと段落したタイミングで、颯士さんが「ちょっとトイレ」と席を立った。店員さんに合図しに行ったんだろう。
「お、ソウ君戻って来たね。よし、今日はみんな好きなもの頼んでいいわ! 私は——」
「香坂」
張り切る桜さんを制す。途端、頭上の電気がバツンと落ちた。
「え? あ? え?」
素っ頓狂な声をあげてキョロキョロと左右を確認する桜さん。やがて暗い俺達のテーブルを照らしたのは、店員さんがゆっくり運んできたバースデーケーキのロウソクだった。
「桜さん、お誕生日おめでとうございます」
「えーっ! え! わっ! すごい! え!」
「せーのっ!」
「ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデートゥーユー!」
こんなに大人数でこんなに大声で、まるで小学生のよう。
でもそれがいい。こんなに喜んでもらえて、こんなに楽しいなら、小学生に負けないくらい全力で歌ってやるんだ。
「みんなありがとう! すっごく嬉しい! クランクアップしたし、最高の1日!」
ロウソクを吹き消すと、店員さんがカット用のナイフを持ってきてくれた。大きめに切った最初の一口を、口を縦にぐわっと開けて食べる桜さん。その様子を、全員でスマホを構えバシャバシャ撮る。
「よし、それでは全員に取り分けたところで、プレゼント贈呈!」
「えっ! そんなのまで用意してるの!」
「まずはキャストの3人から!」
「はい! 撮影お疲れさまでした! おめでとうございます!」
3人が紅茶の詰め合わせ、颯士さんが氷の溶けにくいお洒落なマグカップ、涼羽がイヤホンと、順番に渡していく。
そして最後は、俺の番。
「桜さん、おめでとうございます! 受験や新しい絵コンテに使ってください」
「なにかなー? おおっ、これカッコいい!」
袋を開けて取り出したシャーペンを、彼女は嬉しそうに持ってみせた。そして、その大きな黒い瞳で、まっすぐに俺を見る。
「ありがとね、キリ君。キリ君のおかげで良いロケが出来たから、これまででも一番の映画になると思う。最後まで頑張ろうね!」
焼けてない真っ白な肌、形の整った鼻、小さくて艶っぽい唇。綺麗な顔立ちに見惚れつつ、その言葉に胸が詰まる。
入ったばかりの自分が必要とされているというのは、大声で自慢して回りたいくらいの嬉しさで、「ありがとうございます」と返すのが精いっぱいだった。
「あ、あと、俺、仮じゃなくて正式に映画部入ります。この映画終わっても引き続きよろしくお願いします!」
「葉介、よく言った!」
「ホント! やったねスズちゃん!」
「よろしくね、桐賀君」
今度は俺に拍手が向けられる。
何もかもがうまくいっていて、疑いようもなく幸せで。もはや映画でも使われないような陳腐な表現だけど、心から、このまま時間が止まればいいのにと思った。
「はい、ラスト! カット170! 並んで数歩歩いてからの台詞、いきます。よういっ……アクション!」
カチン!
『……そうだ! ねえ、和志。久しぶりにあそこ行ってみない?』
『あそこ?』
『へへっ、まるで渓谷みたいな練習スタジオだよ』
「カット! 全員でモニターチェックします! ソウ君、再生!」
「あいよ」
「……うん……うん。気になるところある人いる?」
「ワタシは大丈夫です」
「俺もこれでいいと思います」
「台詞バッチリだった!」
そこまで聞いて、桜さんはすうっと息を吸う。
そして、周囲の人も気にせず、空に声をぶつけるように叫んだ。
「オッケー! 全カット撮影終了! クランクアップです!」
「おつかれさまでしたー!」
7月4日。1ヶ月弱、4回に渡った280カットの撮影は、恙なく終了した。
拍手が響き渡る中、うまく言葉にできない達成感が血液に混じって全身に行き渡る。一方で、「ああ、終わった」という気持ちのすぐ隣に「ああ、終わっちゃった」という気持ちが顔を覗かせ、まだまだやり足りない自分が心の中でシャドーボクシングをしているようだった。
「ようし、これから地獄の編集作業が残ってるけど、ちょっとだけ打ち上げするぞ。案内します!」
手早く機材を片付けた颯士さんを先頭に、全員テンションの高いままに商店街を歩いた後、バスで数分だけ移動する。やがて到着したのは、店内で食べるスペースもあるケーキ屋だった。
「最近できたらしい」
「わっ、ステキ!」
雪野さんがショーウィンドウから中を覗き、興奮気味に叫ぶ。凹凸も汚れもない綺麗な白い壁に、ファンタジーの作品に出てくるようなダークブラウンのいかついドア。店内のケーキの入ったケースには、カラフルでSNS映えしそうなケーキが並ぶ。
現実世界から迷いこんだのかと思わせる店構えに一同緊張していると、予約取っておいて良かった、と颯士さんがテーブルまで案内してくれた。
「良い店ね、ここ。藤ちゃん、演劇部でも何かで使えないかな」
「バス使わなきゃなのがちょっとなあ。あ、でも雪野ちゃんや永田君のチームの打ち上げに私達がテイクアウトで準備するとかありかも」
「それいいな。みんな写真撮りたがるだろうし、女子に大ウケな気がする」
すっかり仲良くなったキャスト達がテーブル2つをくっつけた8人掛けに並んで座る。
機材を端のスペースに置き、ひと段落したタイミングで、颯士さんが「ちょっとトイレ」と席を立った。店員さんに合図しに行ったんだろう。
「お、ソウ君戻って来たね。よし、今日はみんな好きなもの頼んでいいわ! 私は——」
「香坂」
張り切る桜さんを制す。途端、頭上の電気がバツンと落ちた。
「え? あ? え?」
素っ頓狂な声をあげてキョロキョロと左右を確認する桜さん。やがて暗い俺達のテーブルを照らしたのは、店員さんがゆっくり運んできたバースデーケーキのロウソクだった。
「桜さん、お誕生日おめでとうございます」
「えーっ! え! わっ! すごい! え!」
「せーのっ!」
「ハッピバースデートゥーユー! ハッピバースデートゥーユー!」
こんなに大人数でこんなに大声で、まるで小学生のよう。
でもそれがいい。こんなに喜んでもらえて、こんなに楽しいなら、小学生に負けないくらい全力で歌ってやるんだ。
「みんなありがとう! すっごく嬉しい! クランクアップしたし、最高の1日!」
ロウソクを吹き消すと、店員さんがカット用のナイフを持ってきてくれた。大きめに切った最初の一口を、口を縦にぐわっと開けて食べる桜さん。その様子を、全員でスマホを構えバシャバシャ撮る。
「よし、それでは全員に取り分けたところで、プレゼント贈呈!」
「えっ! そんなのまで用意してるの!」
「まずはキャストの3人から!」
「はい! 撮影お疲れさまでした! おめでとうございます!」
3人が紅茶の詰め合わせ、颯士さんが氷の溶けにくいお洒落なマグカップ、涼羽がイヤホンと、順番に渡していく。
そして最後は、俺の番。
「桜さん、おめでとうございます! 受験や新しい絵コンテに使ってください」
「なにかなー? おおっ、これカッコいい!」
袋を開けて取り出したシャーペンを、彼女は嬉しそうに持ってみせた。そして、その大きな黒い瞳で、まっすぐに俺を見る。
「ありがとね、キリ君。キリ君のおかげで良いロケが出来たから、これまででも一番の映画になると思う。最後まで頑張ろうね!」
焼けてない真っ白な肌、形の整った鼻、小さくて艶っぽい唇。綺麗な顔立ちに見惚れつつ、その言葉に胸が詰まる。
入ったばかりの自分が必要とされているというのは、大声で自慢して回りたいくらいの嬉しさで、「ありがとうございます」と返すのが精いっぱいだった。
「あ、あと、俺、仮じゃなくて正式に映画部入ります。この映画終わっても引き続きよろしくお願いします!」
「葉介、よく言った!」
「ホント! やったねスズちゃん!」
「よろしくね、桐賀君」
今度は俺に拍手が向けられる。
何もかもがうまくいっていて、疑いようもなく幸せで。もはや映画でも使われないような陳腐な表現だけど、心から、このまま時間が止まればいいのにと思った。