「ここですね」
「おっ、いいね!」
前に桜さんと来た時に案内した場所へ連れてくると、彼はおもむろにバッグから何かを取り出した。
ミントタブレットのケースより小さいその黒い機械には、レンズが付いている。
「あ、これ知ってます! 極小のカメラ!」
「そうそう、頭に付けてダイナミックな映像撮ったりするんだよな。で、これを、と……」
続いて出したのは、50cmくらいのこれまた黒い棒だった。
「何ですかこれ?」
俺の質問を待っていたかのように、棒の先端にカメラを取り付けた颯士さんはニヤリと笑って見せる。
「セルカ棒」
「え、あの自撮りの?」
「そう。あれの、最大進化版って感じ……かな!」
「うわっ!」
溜めて言い切った「かな!」に合わせて、彼はその先端をグイッと引っ張る。内側に入っていた部分がどんどん伸びていき、それは俺達の身長をあっという間に追い越して、まだ大きくなっていった。
「4m、手頃な値段の中じゃ一番長いヤツだ。これで空撮の代わりをやる」
空撮って、あの飛行機やヘリから撮るアレのことか……?
「こういう自然のシーンは最初に空撮があると見応えが出るからな。葉介、一緒に支えてくれ」
「は、はい」
そう言って、颯士さんは山の外にセルカ棒を突き出す。重さで震えないようにグリップの部分を一緒に持ち、ゆっくりと左から右に動かした。
「ほら、見てみな」
「うわっ! すごい!」
撮ったものを画面で見せてもらう。そこには、まるで本当に空を飛んでカメラを回したかのような、山と川を俯瞰で撮っている映像が映っていた。
「ドローンでの撮影は技術もいるし、動いてるシーンならまだしも、ホバリングで撮影すると画面のブレがひどいんだ。だからこうして力技でそれっぽく見せる」
「いいですねこれ! うん、すごい映画っぽく見える気がします」
「うはは、そうだろ!」
角度や高さを変えて何カットか撮った後、セルカ棒を元に戻し、そのまま急いで下山する。
桜さんは、既に通常のカメラで撮影を始めていた。
『懐かしいよね、ここ』
『よくお前の演技見せられたもんな』
途中で合流した都合で、1カットだけだけど、初めて何も仕事をせずに撮影風景を見る。
桜さんや月居はもちろん、佳澄も和志も、レフ板を持っている陽菜も、全員が真剣な顔付き。それは、単純なことだけど、ものすごく貴重で、素敵なことだと思う。
「カット! うん、夏っぽい映像になってるね!」
夏っぽい……あれ、そういえば、セミの声が聞こえない。朝早いからかな。後でSEで足すことになるんだろうな。
2人が昔を懐かしむ会話をしてるから、見ている人にも若い時の夏を思い出してもらえるような音が良い気がする。それなら、ミンミンゼミが一番分かりやすく夏を想起できるかな。
……ああ、実際に撮影を見ると、入れたい音がどんどん膨らんでくるな。月居も、音声のこういう作業が楽しいのかもしれない。
「……ん、あれ? 桜さん、降ってきてません?」
何カットか撮った後、ふいに月居が手のひらを上に向ける。そしてすぐに、濡れないようにマイクのスポンジを抱えるように守った。
「げっ、ホントだ! えー、晴れの予定だったのにー!」
「山の天気は変わりやすいってな」
口を尖らせる桜さんと颯士さん。その横で、瞬時に俺は、ここに1人で来ていたときの記憶を呼び覚ます。
待てよ、確か1回雨になって……
「思い出した。皆さん、機材持ってこっちに来てください!」
「どしたの、キリ君?」
全員を1列にし、先頭になって歩く。雨が少しずつ強まる中、山の麓まで行き、登らずに周囲をなぞるように奥へと進んだ。
「こっちです」
「おお、キリ君ナイス! これ良いわね」
「雨宿りできますね」
桜さんと佳澄が真上に首を反りながら歓声をあげる。
大きく張り出した山の中腹の真下。逆三角形のようになっている地形のおかげで、天然の雨よけが出来ていた。
「前にもここで雨宿りしたんですよ。通り雨だと思うんで、止むまでここで待機しましょう」
「…………うん、よし、決めた!」
キョロキョロと辺りを見渡していた桜さんは、やがて左の手のひらに右の拳をパチンと打ち付けた。
「ここでカット追加しよう!」
「はい?」
予想外の提案に、全員がユニゾンで聞き返す。
「ここで待つなら、撮ってても一緒だしね。昔の思い出の1シーンってことにしてさ。雨の中で高校生が2人、制服で雨宿りっていうのもなかなか味のある映像になりそうじゃない?」
「それめっちゃステキですね!」
きゃぴきゃぴとはしゃぐ陽菜につられて、俺達も御意を得たと言わんばかりに準備しだす。
事前に脚本や絵コンテでかっちり作りこんでおくところと、こういう柔軟な対応ができる余白と。監督はバランス感覚が大事なんだな。
「よし、じゃあキャスト3人、みんなで動き考えるわよ」
相談しながら、予備に持ってきていた絵コンテ紙のコマにシャーペンを走らせ、新しい世界を書き足していく。
何カットか回しているうちに、雨も邪魔を諦めたようで、空はすっかり晴天に戻った。
「おっ、いいね!」
前に桜さんと来た時に案内した場所へ連れてくると、彼はおもむろにバッグから何かを取り出した。
ミントタブレットのケースより小さいその黒い機械には、レンズが付いている。
「あ、これ知ってます! 極小のカメラ!」
「そうそう、頭に付けてダイナミックな映像撮ったりするんだよな。で、これを、と……」
続いて出したのは、50cmくらいのこれまた黒い棒だった。
「何ですかこれ?」
俺の質問を待っていたかのように、棒の先端にカメラを取り付けた颯士さんはニヤリと笑って見せる。
「セルカ棒」
「え、あの自撮りの?」
「そう。あれの、最大進化版って感じ……かな!」
「うわっ!」
溜めて言い切った「かな!」に合わせて、彼はその先端をグイッと引っ張る。内側に入っていた部分がどんどん伸びていき、それは俺達の身長をあっという間に追い越して、まだ大きくなっていった。
「4m、手頃な値段の中じゃ一番長いヤツだ。これで空撮の代わりをやる」
空撮って、あの飛行機やヘリから撮るアレのことか……?
「こういう自然のシーンは最初に空撮があると見応えが出るからな。葉介、一緒に支えてくれ」
「は、はい」
そう言って、颯士さんは山の外にセルカ棒を突き出す。重さで震えないようにグリップの部分を一緒に持ち、ゆっくりと左から右に動かした。
「ほら、見てみな」
「うわっ! すごい!」
撮ったものを画面で見せてもらう。そこには、まるで本当に空を飛んでカメラを回したかのような、山と川を俯瞰で撮っている映像が映っていた。
「ドローンでの撮影は技術もいるし、動いてるシーンならまだしも、ホバリングで撮影すると画面のブレがひどいんだ。だからこうして力技でそれっぽく見せる」
「いいですねこれ! うん、すごい映画っぽく見える気がします」
「うはは、そうだろ!」
角度や高さを変えて何カットか撮った後、セルカ棒を元に戻し、そのまま急いで下山する。
桜さんは、既に通常のカメラで撮影を始めていた。
『懐かしいよね、ここ』
『よくお前の演技見せられたもんな』
途中で合流した都合で、1カットだけだけど、初めて何も仕事をせずに撮影風景を見る。
桜さんや月居はもちろん、佳澄も和志も、レフ板を持っている陽菜も、全員が真剣な顔付き。それは、単純なことだけど、ものすごく貴重で、素敵なことだと思う。
「カット! うん、夏っぽい映像になってるね!」
夏っぽい……あれ、そういえば、セミの声が聞こえない。朝早いからかな。後でSEで足すことになるんだろうな。
2人が昔を懐かしむ会話をしてるから、見ている人にも若い時の夏を思い出してもらえるような音が良い気がする。それなら、ミンミンゼミが一番分かりやすく夏を想起できるかな。
……ああ、実際に撮影を見ると、入れたい音がどんどん膨らんでくるな。月居も、音声のこういう作業が楽しいのかもしれない。
「……ん、あれ? 桜さん、降ってきてません?」
何カットか撮った後、ふいに月居が手のひらを上に向ける。そしてすぐに、濡れないようにマイクのスポンジを抱えるように守った。
「げっ、ホントだ! えー、晴れの予定だったのにー!」
「山の天気は変わりやすいってな」
口を尖らせる桜さんと颯士さん。その横で、瞬時に俺は、ここに1人で来ていたときの記憶を呼び覚ます。
待てよ、確か1回雨になって……
「思い出した。皆さん、機材持ってこっちに来てください!」
「どしたの、キリ君?」
全員を1列にし、先頭になって歩く。雨が少しずつ強まる中、山の麓まで行き、登らずに周囲をなぞるように奥へと進んだ。
「こっちです」
「おお、キリ君ナイス! これ良いわね」
「雨宿りできますね」
桜さんと佳澄が真上に首を反りながら歓声をあげる。
大きく張り出した山の中腹の真下。逆三角形のようになっている地形のおかげで、天然の雨よけが出来ていた。
「前にもここで雨宿りしたんですよ。通り雨だと思うんで、止むまでここで待機しましょう」
「…………うん、よし、決めた!」
キョロキョロと辺りを見渡していた桜さんは、やがて左の手のひらに右の拳をパチンと打ち付けた。
「ここでカット追加しよう!」
「はい?」
予想外の提案に、全員がユニゾンで聞き返す。
「ここで待つなら、撮ってても一緒だしね。昔の思い出の1シーンってことにしてさ。雨の中で高校生が2人、制服で雨宿りっていうのもなかなか味のある映像になりそうじゃない?」
「それめっちゃステキですね!」
きゃぴきゃぴとはしゃぐ陽菜につられて、俺達も御意を得たと言わんばかりに準備しだす。
事前に脚本や絵コンテでかっちり作りこんでおくところと、こういう柔軟な対応ができる余白と。監督はバランス感覚が大事なんだな。
「よし、じゃあキャスト3人、みんなで動き考えるわよ」
相談しながら、予備に持ってきていた絵コンテ紙のコマにシャーペンを走らせ、新しい世界を書き足していく。
何カットか回しているうちに、雨も邪魔を諦めたようで、空はすっかり晴天に戻った。