「おはようございます!」
先頭を切って入ってくる雪野さん。そしてその後に、藤島さんと永田君も続く。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします!」
手を止めて3人のもとへ行き、しっかり頭を下げて挨拶する桜さん。
映画監督ってエラそうなイメージがあるけど、学生のうちは頼んで出てもらう側なので、こういう謙虚な姿勢はすごく大切だと思う。
「雪野さん、撮影午後からなのに、朝からありがとね」
「いえいえ。クランクインの瞬間には立ち会いたいですし、それに先に見ておけば撮影の雰囲気掴めるかなって。あ、必要なら何でも手伝いますからね!」
「ありがと、助かるわ。そしたら藤島さんと永田君、一度絵コンテ見ながらカット67からリハーサルしよう。雪野さんも気付いたところあったら教えて。ソウ君達、準備任せるね。カメラセッティングできたら声かけて!」
「うい」
教室の端っこで練習を始めた藤島さんと永田君。俺達はその間に、撮影準備を進めていく。
「桐賀君」
月居に呼ばれて振り向くと、丸型の布ケースを渡された。
「この教室の撮影では、照明やってもらうね。勢いよく飛び出すから、人がいないあっちで開けて」
何を言っているのかよく分からないまま、指示された場所まで移動し、ジッパーを開ける。中に入っていたのは、くるっと捩って折り畳まれている白っぽい布。それを広げようと、少し力を入れて捻ってみる。
ボンッ!
「うわっ!」
爆発したかのような音をあげて、とんでもない勢いで広がった。颯士さんが「おお、誰しもが通るレフ板ドッキリだな」とサムズアップしてみせる。
「月居、これ何……?」
黒い枠に囲まれた、直径50cmくらいの円状の板。片面は真っ白、裏面は銀の色折り紙のようなシルバー。
「レフ板。逆光の場所とかで撮影すると、影が射して役者が暗く映っちゃうの。そういうときにこれを使えば、向かってくる逆光を反射させて顔を明るくできるのよ」
「そっか、照明って明かりを照らす役かと思ったら、こういう仕事もあるのか」
「もちろん、明かりを使う撮影もあるけど、うちの部には無いわ。人もお金も足りないからね」
「撮影って物入りだな……」
このレフ板だってそれなりの値段するんだろう。今はスマホがあれば動画撮るのも投稿も簡単だけど、映画となると勝手が違うんだな。
「よし、機材は大丈夫だな。撮影準備に入るぞ。カット67からだ」
絵コンテを見ながら、カメラを三脚ごと移動させる颯士さん。月居と協力して、カットに描かれた構図通りに机と椅子を並べる。
颯士さんが取り付けたモニターに映る映像を見ながら「机はもっと奥、椅子同士の距離開けてくれ」と指示を受けて微調整する。
「香坂、カメラはオッケーだ」
「こっちもリハはオッケー。じゃあ配置につくわよ!」
藤島さんと永田君が椅子に座った。
一番始めに撮るのは、休日の演劇部の休憩時間、役者のヒロイン、佳澄と大道具担当の相手役、和志が話しているシーン。
「2人の映り方、確認してくれ」
手招きされた桜さんが映像をチェックし、満足そうに二度頷いた。
「じゃあキリ君、レフ板のシルバーを上にしてその辺りに立ってくれる? 佳澄に光当ててほしいの」
「こ、こうですか?」
指定された場所に立ち、角度をアレコレ変えてみる。レフ板に反射した陽光が藤島さんに当たり、彼女は少しだけ眩しそうに目を細めた。
「オッケー。キリ君、腕は辛くない? そのままの体勢キープね」
これでカメラと照明は準備完了。あとは……音声か。
ん? あれ? 月居どこにいったんだ?
「スズちゃんは——」
「ここにいます」
「……おわっ!」
視線の斜め下、カメラに映りこまないようしゃがみ込みながら、マイクをキャストの2人に近づけている月居の姿が。び、びっくりした。こんなところまで近づくのか……。
「夏本さん、ワタシ、映ってないですか?」
「ああ、大丈夫だ。マイクもそれ以上高さ上げなければ問題ない」
「じゃあ、ここで音声チェックします」
座った姿勢のまま、マイクと同じようにカメラからコードの伸びているヘッドホンを付ける。
「機材の最後はカメラ、と……」
言いながらカバンを漁る颯士さん。やがて、30cm四方の灰色のカードを取り出し、カメラに映している。
「この魔法のカードの秘密は後で教えてやるよ」
俺の好奇心を見透かしたように、彼は楽しそうにカードを振って見せた。
「うし、香坂、準備完了だ!」
「ありがと! じゃあ撮影始めます! ……っと、大事なの忘れてた」
今度は桜さんがカバンを漁る。先輩方のカバン、映画の秘密道具が全部入ってそうだな。
「はい、キリ君、これはなんでしょう?」
ティッシュ箱くらいの大きさの、黒板のような板。白い線で幾つかのエリアに区切られていて、上には蝶番で留められた拍子木のようなものがついている。
「カチンコ!」
「正解!」
すぐ準備しちゃうね、と言って白チョークで数字を書いていく。何のために使うのか、知りたいな。あとで聞いてみよう。
「大変長らくお待たせいたしました。いよいよ撮影開始です! 最初のカチンコは記念で私にやらせて。あとは手の空いてる人にお願いするから。藤島さんも永田君も、準備はいい? 撮影班も大丈夫?」
全員、無言で頷く。桜監督はそれを確認すると真上を向き、この張り詰めた緊張感を全部味わってやるとばかりに大きく深呼吸した。
そして、手だけカメラに映るように、カチンコを構える。
「カット67! よういっ……アクション!」
カチン、と長旅の出発を祝福する甲高い音が鳴り響き、「きっと見抜けない」の撮影がスタートした。
先頭を切って入ってくる雪野さん。そしてその後に、藤島さんと永田君も続く。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします!」
手を止めて3人のもとへ行き、しっかり頭を下げて挨拶する桜さん。
映画監督ってエラそうなイメージがあるけど、学生のうちは頼んで出てもらう側なので、こういう謙虚な姿勢はすごく大切だと思う。
「雪野さん、撮影午後からなのに、朝からありがとね」
「いえいえ。クランクインの瞬間には立ち会いたいですし、それに先に見ておけば撮影の雰囲気掴めるかなって。あ、必要なら何でも手伝いますからね!」
「ありがと、助かるわ。そしたら藤島さんと永田君、一度絵コンテ見ながらカット67からリハーサルしよう。雪野さんも気付いたところあったら教えて。ソウ君達、準備任せるね。カメラセッティングできたら声かけて!」
「うい」
教室の端っこで練習を始めた藤島さんと永田君。俺達はその間に、撮影準備を進めていく。
「桐賀君」
月居に呼ばれて振り向くと、丸型の布ケースを渡された。
「この教室の撮影では、照明やってもらうね。勢いよく飛び出すから、人がいないあっちで開けて」
何を言っているのかよく分からないまま、指示された場所まで移動し、ジッパーを開ける。中に入っていたのは、くるっと捩って折り畳まれている白っぽい布。それを広げようと、少し力を入れて捻ってみる。
ボンッ!
「うわっ!」
爆発したかのような音をあげて、とんでもない勢いで広がった。颯士さんが「おお、誰しもが通るレフ板ドッキリだな」とサムズアップしてみせる。
「月居、これ何……?」
黒い枠に囲まれた、直径50cmくらいの円状の板。片面は真っ白、裏面は銀の色折り紙のようなシルバー。
「レフ板。逆光の場所とかで撮影すると、影が射して役者が暗く映っちゃうの。そういうときにこれを使えば、向かってくる逆光を反射させて顔を明るくできるのよ」
「そっか、照明って明かりを照らす役かと思ったら、こういう仕事もあるのか」
「もちろん、明かりを使う撮影もあるけど、うちの部には無いわ。人もお金も足りないからね」
「撮影って物入りだな……」
このレフ板だってそれなりの値段するんだろう。今はスマホがあれば動画撮るのも投稿も簡単だけど、映画となると勝手が違うんだな。
「よし、機材は大丈夫だな。撮影準備に入るぞ。カット67からだ」
絵コンテを見ながら、カメラを三脚ごと移動させる颯士さん。月居と協力して、カットに描かれた構図通りに机と椅子を並べる。
颯士さんが取り付けたモニターに映る映像を見ながら「机はもっと奥、椅子同士の距離開けてくれ」と指示を受けて微調整する。
「香坂、カメラはオッケーだ」
「こっちもリハはオッケー。じゃあ配置につくわよ!」
藤島さんと永田君が椅子に座った。
一番始めに撮るのは、休日の演劇部の休憩時間、役者のヒロイン、佳澄と大道具担当の相手役、和志が話しているシーン。
「2人の映り方、確認してくれ」
手招きされた桜さんが映像をチェックし、満足そうに二度頷いた。
「じゃあキリ君、レフ板のシルバーを上にしてその辺りに立ってくれる? 佳澄に光当ててほしいの」
「こ、こうですか?」
指定された場所に立ち、角度をアレコレ変えてみる。レフ板に反射した陽光が藤島さんに当たり、彼女は少しだけ眩しそうに目を細めた。
「オッケー。キリ君、腕は辛くない? そのままの体勢キープね」
これでカメラと照明は準備完了。あとは……音声か。
ん? あれ? 月居どこにいったんだ?
「スズちゃんは——」
「ここにいます」
「……おわっ!」
視線の斜め下、カメラに映りこまないようしゃがみ込みながら、マイクをキャストの2人に近づけている月居の姿が。び、びっくりした。こんなところまで近づくのか……。
「夏本さん、ワタシ、映ってないですか?」
「ああ、大丈夫だ。マイクもそれ以上高さ上げなければ問題ない」
「じゃあ、ここで音声チェックします」
座った姿勢のまま、マイクと同じようにカメラからコードの伸びているヘッドホンを付ける。
「機材の最後はカメラ、と……」
言いながらカバンを漁る颯士さん。やがて、30cm四方の灰色のカードを取り出し、カメラに映している。
「この魔法のカードの秘密は後で教えてやるよ」
俺の好奇心を見透かしたように、彼は楽しそうにカードを振って見せた。
「うし、香坂、準備完了だ!」
「ありがと! じゃあ撮影始めます! ……っと、大事なの忘れてた」
今度は桜さんがカバンを漁る。先輩方のカバン、映画の秘密道具が全部入ってそうだな。
「はい、キリ君、これはなんでしょう?」
ティッシュ箱くらいの大きさの、黒板のような板。白い線で幾つかのエリアに区切られていて、上には蝶番で留められた拍子木のようなものがついている。
「カチンコ!」
「正解!」
すぐ準備しちゃうね、と言って白チョークで数字を書いていく。何のために使うのか、知りたいな。あとで聞いてみよう。
「大変長らくお待たせいたしました。いよいよ撮影開始です! 最初のカチンコは記念で私にやらせて。あとは手の空いてる人にお願いするから。藤島さんも永田君も、準備はいい? 撮影班も大丈夫?」
全員、無言で頷く。桜監督はそれを確認すると真上を向き、この張り詰めた緊張感を全部味わってやるとばかりに大きく深呼吸した。
そして、手だけカメラに映るように、カチンコを構える。
「カット67! よういっ……アクション!」
カチン、と長旅の出発を祝福する甲高い音が鳴り響き、「きっと見抜けない」の撮影がスタートした。