「やっぱりここは日当たりがいいわね。撮影にはちょうどいいわ」
「よし、機材準備するぞ。葉介、手伝ってくれ」

 颯士さんに促され、持ってきた銀色のアルミケースをガパッと開ける。そこには、テレビ番組で見る、肩に担げるような大型のカメラが収められていた。

「おおお、映画っぽい!」
「映画っぽいってなんだよ」
 ぶはっと思いっきり吹き出す颯士さん。

「しばらく家で手入れと撮影テストしてたから、葉介は見るの初めてだもんな」
「これ、デジタルシネマカメラってヤツですか?」
「調べたのか、勉強熱心だな。でもこれは違うぞ、ハンディビデオカメラだ」
「どう違うんですか?」

 俺の質問は、カメラ担当の颯士さんのハートに火をつけたらしい。
 コホン、と咳払いし、フィクションの探偵のように人差し指を立てて説明を始めた。

「ハンディは、要は運動会で父親が使うような小さいヤツの延長線にある。デカい図体の割に、操作が簡単だ。デジタルシネマカメラってのはまさに映画用のカメラだな。ピントの調整とかが細かく出来て映画っぽい映像になるんだよ。その代わり、フォーカスとか露出とか、撮影のための設定は1つ1つ手でやらなきゃいけない」
「なるほど、アートとしてじっくり取り組むにはいいですけど……」

 そうそう、と相槌を打ちながら、彼は三脚を組み立て始める。

「俺達みたいに短期間でガーッと撮影するのには向かない。それに」
「それに?」
「デジシネは高い」
「あー……」

 納得。趣味として映画撮影を続けている大人もいるってサイトで見たし、カメラも凝れば凝るほど高くなっていくのだろう。


「100万円超えもザラだからな」
「そんなするんですか!」
「ハンディなら20~30万くらいからあるからな。部費とかバイト代でなんとかなるわけよ。ほい、三脚完成! 月居、マイク取ってくれ」
「はい」

 月居が布ケースから取り出したのは、ちょっと長いキュウリくらいの大きさのマイク。
 カメラのジャックに差したそれにスポンジを被せて竿に付けると、これまたバラエティー番組でよく目にするマイクになった。


「スズちゃん、音声頼むわね」
 桜さんにコクッと頷き、彼女はいつも通り、赤いヘッドホンを首にかけた。

「っと、忘れるところだった」
 颯士さんがカバンから出したのは、3つのテニスボール。

「撮影の小道具ですか?」
「ふっふっふ、コイツはもっと役に立つものだぜ」

 意味深な低音で返し、1つをこちらに放る。キャッチした瞬間に違和感を覚え、よくよく触ってみると、1ヶ所に穴が開いていた。

「え? 割れてる?」
「そうそう、こうやって使うんだよ」

 スッとしゃがみ、三脚の1本の脚を持ち上げる。そしてテニスボールの穴に、その脚の先をぐいっと差し込んだ。「最後の1つ」と促され、俺もベコッとハメてみる。

「こうやっておくと、脚引きずっても床が傷付かないだろ? それにボールが黄色いから目立って、俺達が移動するときも躓(つまづ)きにくくなる」
「へえ!」

 カメラとボール。一見無関係なこの2つを組み合わせるアイディアに、素直に感心してしまう。よく使うテクニックらしいけど、考えた人すごいなあ。

「で、外付けのモニターをくっつけて、と」
「これでカメラは準備オッケーね。あとは細かい道具と……」

 桜さんが床に置いた道具を指差し確認していると、廊下から声が聞こえてきた。