***


 浮園(うきぞの)愛理(あいり)を思い出すときは、いつも「犬みたいだ」というイメージとセットだ。

 黒髪で丸みのあるマッシュショートが、丸顔の輪郭に合っていた。喜怒哀楽がはっきり分かる目も、少し大きな口も、どう考えても猫ではなく犬よりで、楽しいときにきゅっと目を瞑るのが印象的だった。


 中学2年の秋、修学旅行実行委員会の「しおりチーム」で一緒になり、作っていく中で仲良くなって11月からなんとなく付き合い始めた。ウキウキでもイチャイチャでもなく、友達の延長のようなカップル。向こうは人数の少ない映画制作部で脚本や監督に夢中だったので、そんなにデート三昧でもなかった。



 交際期間は、5ヶ月とちょっと。

 3年生になったばかりの4月、1人で次の撮影の準備をしている途中、あの石名渓谷の、前日の大雨でやや増水した川で溺れたと聞いている。
 それ以外に分かっているのは、靴を脱いで川に入っていたことくらい。


 よりによってあの渓谷で。2人で何度か散歩した、一番行った回数の多いあの思い出の場所で。



 向こうの親にも会ったことがないくらいの関係だから、俺が事故の話を聞いたのは学校の全校集会だった。現実感のない校長の話は、まるで戒めのために挙げられたトピックのようにぼんやりしか頭に入らない。

 人間というのはよく出来ていて、心で上手に処理できそうにないものは、解像度を下げて受け止めるようになっているらしい。


 葬式の参列もクラスメイトと生徒会だけで、彼氏なんてプライベートな関係は特別枠で入れてもらうこともできなかった。

 事故の瞬間の証言もないから噂も広まらず、メディアも地元の新聞と地域のニュースに少し出た程度。渓谷の川に注意書きの看板設置を促すきっかけにはなった。



 色々騒ぎも収まって、初めてあの渓谷に1人で行ったとき、ようやく涙が出た。昔から知っている関係でもないし、付き合って日も浅いし、将来を誓い合ったわけでもないから、衆目を集めるほど慟哭するようなことはない。

 でも、隣に誰もいない芝生は寂しくて、もう会えないことを、どこにもいないことを、否応なく理解させられ、揺れる心が涙腺を波立たせた。



 それ以来、部活も辞めてしまった。科学部でちょっとした実験をしては科学賞に応募していたけど、部活自体に良いイメージを持てなくなってしまったから。
 恋愛も同じようなものだろうか。自覚はないけど、どこか後ろ向きになっていると思う。


 高校に入ってからもそれは変わらず、「7月の転校で時期が悪かった」という都合の良い言い訳を纏ってそのまま帰宅部。一人で外を歩き、本を読んで、音楽に浸って、写真を撮って過ごしている。あれ以来、スマホに入った中学時代の写真は怖くて見返せていないけど。


 だから、今回の入部だって、映画制作部じゃなかったら受ける気にならなかったと思う。改めて、ものすごい偶然だった。


 ***