星降る夜に神様とまさかの女子会です

「火の神様、次はいついらっしゃいますかね?」

「毎日のように来ているからな。」

「え、頻度多いですね!」

毎日お花を持ってお見舞いに来る火の神様。あんなぶっきらぼうな態度だったけど、めちゃくちゃ咲耶姫様のことを好きなんじゃないだろうか。
なのに冷たく追い返す咲耶姫様。好きなのに冷たい態度を取るなんて、何だか悲しい。
相思相愛(たぶん)なのに、一体どれだけの間すれ違っているのだろう。もっとお互い素直になれたらきっと上手くいくと思うんだけどな。

「咲耶姫様、さっきのお花、髪に飾りましょう?」

私はキキョウの茎を短く切って、咲耶姫様の耳の横に優しく挿した。
咲耶姫様の綺麗な顔立ちがなおさら引き立つ。

「ほら、素敵!よく似合います。これで、咲耶姫様の気持ちを伝えましょうよ。」

「伝えるって、何を伝えるのだ?」

「火の神様に好きです~って。」

「…なっ!!!」

咲耶姫様は顔を赤くして仰け反った。
恋人同士のはずなのに、こんなにもピュアな咲耶姫様が愛しく感じる。だからこそ余計に、お二人には上手くいってもらいたい気持ちが芽生えた。
「もし嫌いだと言われたらどうする?それこそ私は立ち直れぬ。」

「嫌いだなんてそんなこと絶対ないと思いますけど。うーん、じゃあそのときは私が火の神様を説教しますよ。」

思い付きで言っただけなのに、咲耶姫様は突然声を上げて笑いだした。

「あはは!説教とは、面白い。そういえばお前、名は何というのだ。」

「葵です。」

「葵か、私が火の神に蔑まれたらぜひとも説教しておくれ。」

「はい!了解です!」

「だが、もし私が上手くいったら、葵は今の彼氏ときちんと話し合うのだ。」

「え。」

「交換条件だ。」

咲耶姫様はまるで形勢逆転かと言わんばかりに不適な笑みを浮かべた。
私は言葉に詰まる。

高志と話し合うことを想像すると、かなり億劫な気分になる。今さら会って何を話し合うというのだ。もう私はこのまま自然消滅でもいいかな、なんて思い始めていたんだけど。
「ええーっと、それは神様の力でなんとかなりません?」

「神をなんだと思っているのだ。なんでも叶えられるわけではない。」

「そうなんですか。」

私は肩を落とした。
神頼みすれば、今ならば叶えてくれるんじゃないかという甘い考えは一蹴される。
人を応援するだけじゃなく、自分も頑張らないとなぁ。

「わかりました。私は彼氏ときちんと話してきちんと別れます。」

「別れるのか?」

「はい、咲耶姫様のお話を聞いていたら、私の恋愛は愛ではないことがわかりましたから。」

高志に対する想い。
好きだと言う気持ち。
積み重ねてきたものは嘘ではない。
だけどそれはきっと、恋する自分に恋していただけなんだと思う。彼氏がいるっていうステータスがほしかっただけのように感じる。

「もっと自分磨きをして、素敵な彼氏を見つけます。って、聞いてます?咲耶姫様?」

見れば咲耶姫様はこたつに突っ伏して目を閉じていた。寝てしまったのかな。
お酒も入ってほんのり顔も赤い。
思えば私もちょっと飲みすぎた。

こたつの上には食べかけのお菓子とスルメ、そして空になった日本酒。
ぐいのみグラスを大事そうに持ったままの咲耶姫様の姿に、思わず笑みがこぼれた。
いつの間にか辺りも静かになっていた。
どうやら雨も上がったようだ。

飲み過ぎなのか寝不足なのか、頭がぼーっとしている。時計を見れば4時だった。徹夜をしたのは久しぶりだ。
ああそういえば今日は早番なんだった。
咲耶姫様とすっかり話し込んでしまったが、そろそろ帰らないといけない。明るければ道路に沿って山を下りられるだろう。ここがどこか分からないけど、出勤時間までにはきっと帰れるよね。帰れなかったらどうしよう。

そこまで考えて、私は考えるのをやめた。
頭がふわふわしているからだ。
少し風に当たったほうがいいかもしれない。

すっかり乾いた服に着替えをして、私は静かに襖を開けた。冷たく澄んだ空気が体にまとわりつく。そのまま外に出てみると、靴もすっかり乾いていて私は笑いが込み上げる。
これもきっと火の神様が燃えたおかげに違いない。

少し肌寒いけれど雨も上がって、日の出前の薄明かりの空にはまだ星が煌めいているのが見えた。
こんなに綺麗な世界でこんなに綺麗な神様と女子会をしただなんて、なんとも不思議な気分だ。それに、神様も私たちと同じように恋をして悩んですれ違って、なんだかおかしくて笑えてしまう。

「何がおかしい、人間よ。」

クスクス笑っていると突然声をかけられ、私は飛び上がるほど驚いた。

「咲耶姫はどうした?」

「はっ、暑いと思ったら火の神様!」

突然現れた火の神様の手には、先程と同じキキョウが握られていた。

「…お見舞いに来られたのですか?」

「ふん、見舞いではない、夜這いだ。」

「よば…、えっ?よば、い?!」

火の神様は腕を組むと、ふんとそっぽを向いた。
なんとなく怒っているような…?
「だがいつも追い返される。どうしたらよいのだ。どうしたらお前みたいに咲耶姫を笑顔にできるのだ。」

火の神様はギロリと私を睨んだ。まわりの温度が少し上昇したような気がする。

ていうか!
ていうかだよ!
やっぱり火の神様も咲耶姫様のことが好きなんじゃないかというこの発言に、私の胸はムズムズした。
これはもう、言っちゃってもいいよね?

「あー、火の神様、なんと申し上げたらいいのか、お二人はすれ違っていらっしゃいます。」

「なんだと!?」

「咲耶姫様は、火の神様が本当にお見舞いに来てると思ってますよ。」

「なぜ見舞いなのだ。どこか悪いのか?」

いやいや、火の神様が自分で“見舞いだ”って言ってたじゃないですか!というツッコミはさすがに自重した。言ったら益々燃え盛る気がする。ただでさえ今、暑くなってきているというのに。

「咲耶姫様の痣を気にされてるわけではないのですか?」

「痣?それは気にしている。俺のせいでああなってしまったからな。」

火の神様は険しい顔をしながら私の横にどっかりと腰をおろした。そして大きなため息をつく。

「…どういうことですか?」

確か山火事で火傷をおったと言っていた。山を守れなかったとつらそうにしていた。そして、あとから駆けつけてきた火の神様に、不甲斐ないと言われたんじゃなかったっけ?それで咲耶姫様は傷付いて火の神様とも恋人を解消して…みたいな話だったような?
「昔ひどい山火事があったのだ。そのときに助けに来るのが遅れた。俺は火の神だ。火を操ることができる。もっと早く着いていれば咲耶姫も火傷を負わずに済んだろうに。まさかそのことをずっと怒っているのか?」

火の神様は顎に手を当てて考え込む。
私はガックリと項垂れた。
何かこう、モヤモヤしてウズウズする。

「だあああっ!ええ、ほんとに、何千年も何やってるんですか。こじれすぎです。完全にすれ違いです!早くご結婚なさってください。」

私の叫びに、火の神様の眉間にシワが寄る。

「結婚?だが咲耶姫が嫌がって…。」

「ああ、じれったい!見舞いだなんてごまかさずに、好きだから会いに来たと言ったらどうなんですか。咲耶姫様、気付いてませんよ?」

「何がだ?」

私は火の神様の手に携えられている一輪のキキョウを指差した。火の神様も視線をキキョウに向ける。

「キキョウの花言葉。永遠の愛、深い愛情、ですよね?」

「ぐっ!なぜそなたが知っておるのだ。」

「この際だから言いますけど、お互い思いやってるわりには言葉が足りないからすれ違ってしまうんですよ。ちゃんと言わなきゃ伝わるものも伝わりませんよ。」

私の言葉に、火の神様の纏うオーラが一段と激しくなった。そして私を睨みつけると怒りの満ちた声で怒鳴った。

「なんだと!」

その勢いに汗が流れ落ちる。
火の神様が怒って興奮しているのだ。
今にも燃え盛らんとする姿に、私はすぐさま謝罪した。

「すみません、でしゃばりました!」

咲耶姫様が気さくなのでついついそのノリで火の神様ともお話をしてしまったが、この方が一体どんな神様なのか知らない。もっと慎重に言葉を選ぶべきだった。しかも咲耶姫様が気持ちを伝える前に説教してしまうなんて。

あああ、何てことだ。
大失態だ。
私は思わず頭を抱えた。
「何事だ?」

突然背後から声がして、私は振り向いた。

「あ、咲耶姫様。」

しずしずと近寄るにつれて咲耶姫様の顔が険しくなる。そしてキッと火の神様を睨みつけた。

「火の神、何を興奮しているのだ。まさか葵に欲情しておるのか!」

「なんでそうなるんですか!」
「ありえぬ!」

火の神様と私の叫びがハモる。

「俺はお前以外欲情せぬわ!」

「ぶはっ!」

思わず吹く私。
うん、言いたいことはわかるけれど、欲情って、神様方落ち着いてほしい。しかもどう考えてもこれは痴話喧嘩だし、私を巻き込まないでください。

静かな睨み合いが続く中、火の神様が口を開く。

「花を付けてくれたのか?」

「あ、これは葵が勝手に。」

咲耶姫様は耳元に挿したキキョウを手で確かめながら、困った顔でこちらを見た。

いやいや、こちらが困るんですけど。
なぜ強気に文句は言えて、こういうことは弱気なのだろう。むず痒いというか甘酸っぱいというか。

「咲耶姫様、キキョウの花言葉をご存じですか?」

「花言葉?」

「永遠の愛、深い愛情ですよ。それは火の神様のお気持ちです。」

「なぜそのようなこと葵が知っているのだ。」

「フラワーデザイン専攻卒で花屋勤務の私にとってはそんなこと朝飯前です!」

私はドヤ顔だ。
むしろ今まで日の目を見なかったこの知識が、こんな形で役に立とうとは誰が想像しただろう。普段花屋で仕事をしていても、花言葉で花を買っていく人はほとんどいない。それなのに火の神様に花言葉の知識があったとは、驚きだ。
咲耶姫様はポカンとした顔で私とキキョウを交互に見る。そしてゆっくりと火の神様を見た。

「そんな…。」

火の神様は咲耶姫様に近付くと髪に挿しているキキョウにそっと触れた。そして自分の持っているキキョウも一緒に挿すと目を細めた。

「よく似合っている。とても綺麗だ。」

「だが…。」

咲耶姫様は目をそらすと慌てて袖で顔を隠した。そんな咲耶姫様の腕に火の神様が優しく触れる。

「顔を見せてくれ。」

火の神様は顔を背ける咲耶姫様の頬を両手で包んで自分の方に向けた。顔に広がる痣をそっと指でなぞる。その動きに、咲耶姫様はビクリと体を震わせた。

「痛くはないか?」

問いかけに、咲耶姫様は小さく頷く。

「これは咲耶姫が山を守った勲章だ。」

「…醜いだろう?」

「いや、とても綺麗だよ。昔と変わらない、痣があってもなくても、咲耶姫は咲耶姫だろう。何もかわることはない。」

咲耶姫様の頬がしだいにピンクに染まっていく。だがそんな言葉に流されまいと、咲耶姫様は拳に力を込めた。

「だがお前はあの時は逃げたではないか。私を不甲斐ないと言って。」

「逃げたのではい。お前を助けることができなかった俺自身が不甲斐なく、そのことに絶望したのだ。だが結果、お前に誤解を与えてしまったようだ。許しておくれ。」

「んっ!」

火の神様は右手を咲耶姫様の腰に回し自分の方に引き寄せると、左手で頬を包んだままキスをした。長く激しい濃厚なキスに、火の神様がますます燃えた。

思わぬ状況に私は一気に体温が上がり、慌てて顔を背けた。
突然何を見せられてるのだ。
おもいっきり見ちゃったよ。
こっちが恥ずかしい!!!

だけど、素直に羨ましいと思った。
何千年もすれ違っていたはずなのにその間も二人はお互いを想いやっていて、それは今も変わらない愛に溢れている。

私はそっとその場を離れた。
外は夜が白々と明ける頃だった。
山の端から朝日が昇ろうとしている。
明るくキラキラとした白い光が周囲を照らし始めた。

「さて、どうやって帰ろうかなぁ?」

深夜の暗闇の中、通ってきたはずの参道が見当たらない。一体私はここまでどうやって来たのだろう。携帯を確認すると、未だ圏外のままだった。

神様たちに声をかけようかと思ったが、今さら戻るなんて野暮な気がした。せっかく二人気持ちを通わせたのだから、存分にラブラブしてほしい。部外者は消える。それが私のラブラブ大作戦だ。

下山する道を見つけるために境内をうろうろと歩いていると、「葵」と名前を呼ばれて私は振り返った。
そこには火の神様が一人で立っていた。

「葵、咲耶姫と話をさせてくれてありがとう。」

「いや、私は何もしてないですよ。」

「お前の家まで送っていこう。」

火の神様はおもむろに私を抱える。

「きゃあっ!」

突然横向きに抱えられて、そう、これはいわゆるお姫様抱っこってやつで、私は思いっきり動揺してしまう。

「お、おろしてください~!」

「しっかりつかまるのだ。」

「ひ、ひゃぁぁぁぁ~。」

火の神様が地を蹴った瞬間、ものすごいスピードで空へのぼった。思わず火の神様の首もとへしがみつく。

ああ、咲耶姫様ごめんなさい。
私、火の神様にべったりくっついています。だけどしがみつかないと落ちちゃうんです~!