翔馬は淡々とした口ぶりで、

「そんな些末なことは、俺の眼中にはない」

「でも…」

「待たせたんだから、このぐらいのけじめはつけさせてくれ」

「…ありがと、翔馬さん」

 菜々子に寄り添うと、翔馬は菜々子が泣き止むまで、菜々子の長い黒髪を撫でた。

「菜々子って、いい香りするのな」

 翔馬の脳裡から、さとみや希のことが頭から消えることはなかったが、目の前の菜々子がいてくれる限り、かけがえのない人が消えてしまう恐怖からは、少なくとも逃れることは出来た。

 菜々子の誕生日の朝、婚姻届は出された。