土曜日の夜、希との待ち合わせは、翔馬の家から近い川崎新町の駅である。
「翔馬さんお待たせ!」
握手会ちょっと長引いちゃって──という希は車をみずから運転してあらわれた。
「…握手会?」
翔馬はよく分からなかったらしい。
「うん。私ね、あんまり売れてないけど、カレッジアイドルのグループにいるんだ」
「そうなんだ」
としか、翔馬には言いようがない。
「車の中だから言えるんだけど…私ね、翔馬さんみたいな、今どきじゃないイケメンのほうがタイプなんだ」
グレーのパーカーをかぶり、ベイスターズのキャップに丸メガネをかけ、軽自動車のハンドルを握る姿からは、希がアイドルであることを想起することは難しい。
「私のお気に入りの場所に行ってもいい?」
希は少し下道でぐるぐる回ってから、
「やっと巻けたかな」
そういうと高速道路へ入った。