【最終章 『前園幸助は答えを欲する』 - 02】


 駐車場からは直接は見えないが、遊園地の敷地の方から、閉園時間に関するアナウンスが聞こえてきた。

 鈴寧さんの話によれば、ここの遊園地は普段二十二時で閉園なのだそうだが、れいかのため、特別に一時間延長して営業してくれることになったらしい。

「じゃあ、そろそろれいかちゃんを起こして遊園地に行ってくれる? 私は……時間になったらそっちに迎えに行くから」
「……わかりました」

 れいかの肩を揺さぶると、れいかは「ううん……」と唸って寝がえりを打った。どうやらまだ生きているらしい。

「れいか。起きろ、れいか」
「う~ん……あと一時間」
「一時間も寝てたら死ぬぞ。起きろ」
「……ふふふ。前園さんもようやく、ブラックジョークのユーモアがわかるようになってきたようですね」
「……全然うれしくないんだけど」

 れいかはようやく車から降りると、俺もそれに倣って外に出た。

 れいかはそのまま運転席の横に行き、こんこんとガラスをノックした。運転席に座っている鈴寧さんがサイドガラスを下げ、顔を見せる。

「どうしたの?」

 すると、れいかは前かがみになり、上半身を車の中へ入れ、鈴寧さんに抱き着いた。

「ありがとう。私の担当になってくれて」
「……れいかちゃん、さっき起きてたの?」
「ううん。眠ってたけど、聞こえてた」
「……そう」
「私の担当が、鈴寧さんでほんとによかった」
「…………」
「あとのこと、よろしくお願いしますね」
「……えぇ」

 れいかは鈴寧さんから離れると、遊園地の方へ歩き出した。俺もそのすぐうしろについていく。

 すると、車に残っていた鈴寧さんが、こちらに向かって声をかけた。

「れいかちゃん!」

 振り返って見てみると、鈴寧さんは車から降りて、ひらひらと手を振っていた。

 まるで、友達を見送る時のように。

「じゃあね、れいかちゃん」

 それを見たれいかも、うれしそうに手を振り返した。

「ばいばい、鈴寧さん」

 これが、れいかと鈴寧さんが交わした、最後の言葉だった。

◇ ◇  ◇

 駐車場から遊園地に向かっていると、それまで遊園地で遊んでいた利用客と何度か行き違った。みんな、どうして俺たちが閉園したはずの遊園地に向かって歩いているのかと、不思議そうに見つめていた。

 れいかは上機嫌のようで、時折スキップを交えながら道中を歩いた。その姿はまるで、遊園地が楽しみでしかたがない子供のようだった。

 だけどれいかは、この道をもう歩くことはない。

 遊園地の門をくぐれば、そこから出ることはない。

「どうしたんですか、前園さん。そんな神妙な顔して」

 前方でスキップしていたはずのれいかが、俺の顔を覗き込んでいる。

「……別に」
「あっ! さては、今しみったれたことを考えていましたね!」
「…………」
「前園さん、ここをどこだと思ってるんですか? 遊園地ですよ? もっと楽しみましょうよ!」

 そう言って手を広げたれいかの背後には、煌びやかに光る遊園地のゲートが構えていた。

「楽しそうにって言われても……。つーか、れいか、めちゃくちゃ元気だな」
「まぁ、そうですね。特に体が痛いとかはありませんね。強いて言えば、少し眠いくらいでしょうか」
「まだ眠いのか……」

 ゲートに近づくと、遊園地の従業員らしき人が声をかけてきた。

「夢月れいか様に、前園幸助様ですね?」

 れいかが「はい。そうです!」と、空元気にも見える勢いで答えると、従業員は深々とお辞儀をして、「どうぞ、こちらです」と、中へ通してくれた。

 促されるままにゲートをくぐると、園内には陽気な音楽が流れていて、目の前にある噴水広場の周囲には、元気いっぱい動き回る着ぐるみの姿まであった。

「俺たちしかいないのに、まだ仕事してくれてるのか。大変だなぁ……」
「……前園さん、夢を壊すようなこと言わないでくださいよ。彼らはここの住人なんです。決して仕事ではありません」
「……すまん」

 ピエロに扮した従業員がこちらに近寄ってくると、

「もしよろしければ、記念写真などいかがですか?」

 もしかしたらその従業員は、着ぐるみと一緒に写真を撮れますよ、ということを言ったのかもしれなかったが、れいかは目を輝かせて、

「あっ! じゃあ、私たち二人の写真を撮ってもらってもいいですか?」

 ピエロの従業員は少しの間も置かずに、「もちろんですとも! さぁ、お二人とも噴水の前へ寄ってください!」と、俺たちを誘導した。

「どうして写真なんか撮るんだ?」
「いいじゃないですか、記念ですよ、記念」
「あ、そう……」

 れいかが噴水の前に立ち、俺の左隣でピースをしたので、すかさず、「写真を撮るなら、逆の方がいいんじゃないか?」と、俺とれいかの立ち位置を入れ替えた。

 するとれいかは、少しきょとんとした顔をしてから、「えぇ、そうでしたね」と、小さく笑みを作った。

 そうして撮影してもらった写真を受け取ると、れいかが「あっ!」と声を上げた。

「ちょっと! 前園さん! なんですかこのムスッとした顔は!」
「いや、普通だと思うけど……」
「だめです、だめです! 撮り直しを要求します!」
「えぇ……」

 その後、三回の撮り直しを経て、俺の不気味に引きつった笑顔が完成すると、れいかはしぶしぶそれで引き下がってくれた。

 写真を撮りなおすたび、周りにいた着ぐるみたちが集まってきて、俺を笑わそうとカメラの後ろで踊り始めたのが、なんだかすごく申し訳なかった。

 れいかはその写真をしばらく見つめたあと、「はい」と、それを俺に手渡した。

「え? 俺が持ってるのか?」
「あたりまえじゃないですか……。私が持ってたって意味ないでしょう?」
「……あぁ、そう」

 もう一度写真に写った自分の顔を眺めてみるが、やはり不気味だった。

 その写真を早々に鞄の中にしまい、改めてれいかに提案する。

「じゃあそろそろ、前話してた答え合わせってやつを――」

 と、そこまで言うと、れいかは「まぁまぁ」と俺の言葉を遮った。

「きちんと考えてますので、口出し無用です」
「……だけど、あまり時間が……」
「大丈夫です。答え合わせなんてすぐに済むんですから」

 俺は不安だった。このまま、れいかの口から何一つ真実が語られないまま、れいかが死んでしまうことが。

 俺の不安とは裏腹に、すぐそこまで寿命が迫っているはずのれいかは、長い髪をかき上げ、そっとほほ笑んだ。

「安心してください、前園さん。だって、今日のデートプランを考えたのは私ですよ」
「……なんだよ、それ」

 その自信満々な口ぶりに、俺は呆れながらも、口元を緩めてしまった。

 れいかは俺の手を取り、走り出す。

「さぁ、前園さん。せっかくの遊園地ですよ。遊びましょう! 思いっきり!」