【第10章 『前園幸助は空を仰ぐ』】


『約束の矛先』を書き終えた頃には、空はすっかり白んでいた。

 アパートの下で凝った肩を解していると、どこからともなく鈴寧さんがやってきて、

「完成したようですね」
「あ、はい……まぁ、一応」
「れいかちゃんはまだ眠ったまま?」
「……えぇ。昨日からずっと眠ってます。というか、鈴寧さん、部屋の外からずっと監視してましたよね?」
「あれ? 気づいちゃった?」
「いや……向かいのアパートから双眼鏡でじっと見られてたら、さすがに気づきますよ……」
「前園くんがれいかちゃんに変なことをしないよう、見張っている義務があるのよ」
「……はぁ。そうですか」

 要は、わざと気づかれるように監視してけん制してたってことか……。信用ないな、俺……。

 鈴寧さんは近くにあった自販機で缶コーヒーを二本買うと、一本を俺に渡してくれた。

「ありがとうございます」

 プルタブを開け、一口飲み込むと、目が覚めるような苦味が襲った。

 鈴寧さんも同じようにコーヒーを一口飲むと、淡々とした口調で言った。

「あの子の寿命は、今日の二十三時ちょうどよ」
「そうですか……」
「夜には私が二人を遊園地まで連れていくから、それまでに少しでも休んでおきなさい」
「わかりました……。ところで、鈴寧さんはれいかの本当の目的を、最初から知っていたんですか?」
「えぇ、もちろん」
「……止めなかったんですか?」
「当然止めたわよ。そんなくだらないことに残りの寿命を費やしてもいいのって。でも、れいかちゃんは聞く耳持たなかったわ。私の人生だから、どう生きるか、どう死ぬかは私に選ぶ権利がある、ってね」
「強情ですね」
「えぇ、ほんとに」
「でも、れいからしいですね」
「……まぁね」

 缶コーヒーを飲み終えると、軽く会釈だけして自分の部屋に戻り、眠りについた。