【第05章 『夢月れいかはパンを頬張る』】


 前園さんと公民館に行った翌日、私の寿命は残り四日となっていた。

 本当は今日も前園さんのところへ行く予定だったけれど、気分が乗らず、とりあえず公園のベンチに座ってメロンパンを頬張ることにした。

 なぜそうなったのかは自分でもわからないので聞かないでほしい。

 ここでパンを食べていると、おこぼれがもらえると思った鳩が足元に集まってきて、ちょっとした権力者の気分が味わえた。

 だけど私は一欠片たりとも鳩にパンを恵んでやることはなかった。ざまぁみろ。

「朝からずっとここにいるけど、今日は何もしないの?」

 そんなことをたずねながら、鈴寧さんが横に腰を下ろした。

「残念ですが、鈴寧さんにもこのメロンパンはわけてあげませんよ」
「い、いらないわよ、別に……」
「鈴寧さんは、ずっと私のことを監視してるんですか?」
「まぁ、一応ね。それが仕事だから」
「昨日、電話した時も近くにいたんですか?」
「えぇ。少し離れたところから、ずっと二人の様子を見てたわよ」

 鈴寧さんのステルス性能に驚きつつも、それを気取られないように「あ、そうですか」と何気ない風を装った。

 鈴寧さんは「それよりも」と改まって、

「本当にこんなことに残りの寿命を費やしてもいいの? もっと他に有意義な過ごし方が――」
「鈴寧さん。これは私の人生です。どう生きるか、どう死ぬかは私に選ぶ権利があると思うんですよ」
「……えぇ、そうね。ごめんなさい。ちょっと出しゃばったわ。……でも、証明書はもう少し使ってもいいのよ? 前園くんの家の住所を調べたり、公民館の大会議室の鍵を開けたりする以外にも、証明書はいろんな使い道があるのよ?」
「そこそこ特別なお願いごと、ってやつですか……。う~ん……。でもやっぱり、どうせだったらできるだけ自分の手で目的を達成したいじゃないですか。もちろん、自分でどうにかできないところは頼りますので」
「……そう」

 鈴寧さんは寂しそうに目を伏せると、足元に集まっていた鳩をじっと見つめた。

「鈴寧さんってたしか、安息科で十年近く働いてるって言ってましたよね?」
「えぇ、そうよ」
「じゃあ、今までたくさんの人を見送ったんですか?」
「……そうね。でも、あなたほど若い人はいなかったわ」
「みんな、満足して死んでいきましたか?」
「みんな……とは、言えないわね」
「……そうですか」

 持っていたメロンパンが残り半分くらいになったところで、手を滑らせ、ころんと地面に落っことしてしまった。そこへ、我先にと鳩が群がってきて、ものの数秒でパンは跡形もなく消え去り、あれだけ集まっていた鳩もそれぞれ公園内へ散って行った。

「死ぬのって、みんなの記憶から消えるスタートラインに立つってことだと思うんですよ。死んだ瞬間から、その人は思い出になっちゃって、そのうち周りの人は、顔を思い出すのも難しくなる……。きっと、私もそうやって、誰からも忘れられるんだと思います」
「そんなことないわ。あなたには家族だっているし、私だってあなたの顔を忘れたりなんかしない」
「……じゃあ、鈴寧さんは、今まで見送ってきた人たちの顔を全員覚えてますか?」
「……それは……」

 鈴寧さんがそう言い淀んだところで、前触れのない眠気が襲い、大きなあくびをしてしまった。

「……眠たくなったので帰ります。今日はもう、家から出る予定はないので、鈴寧さんも家に帰ってもらって大丈夫ですよ」
「いえ、私はずっとあなたの近くで待機してるから、何かあればすぐに連絡をちょうだい」
「そうですか……。じゃあ、おやすみなさい」
「えぇ。おやすみ」

 その日、私は家に帰ると、ベッドに横たわり、また泥のように眠った。