アオイの澄んだ歌声が、鼓膜に張り付いている。
音の残渣が、部屋の壁に吸い込まれていった。
「わ~!!最っ高~!!気持ちいい!」
興奮冷め止まぬ中、頭に残った音はアオイの感極まる声へと変わっていった。
音に酔っていた僕は、肩で息をしながらアオイに声をかけた。
「アオイ、歌めっちゃ上手いな!ちょっと聞き惚れたわ」
歌声を褒められて上機嫌になったアオイが、僕に賛辞を送ってきた。
「へへへ、でしょ~?私ってば、結構できる子なんです!あっ…でもでも、テツヤもピアノすっごい上手だったよ!本物の曲、聞いてるみたいだった!」
「ありがとう。やっぱ、こうやって誰かと音楽やるのって楽しいな」
自分と誰かの音が重なる気持ちよさを改めて知った僕らは、音楽の楽しさを再認識した。
「だよね!カラオケで歌うのとは全然違った」
僕は、ライクラ好きのアオイに伝えなければならないことがあった事をすっかり忘れていた。
「そういえば、ライクラ…ちょっと前に新曲出したんだけど聴くか?」
「えっ⁉マジ⁉いつ出したの?」
驚きの声を上げるアオイが、身を乗り出した様子で聞いてきた。
「7月26日」
「じゃあ、知らない!聴く、聴く!」
椅子から立ち上がり、机に置いてあるiPodを手に取った。
「でも、今CDは別のヤツに貸してるからiPodの中のヤツでいいか?」
「大丈夫〜全然いいよ」
僕はスピーカーとiPodを接続して、曲を再生した。
心地よい音の粒が、閑寂の部屋に弾けて割れる。
曲を聴き終わった僕らは、その後も時が経つのを忘れて、互いの好きな曲について語り合った。
話がひと段落すると、お腹が空いてきたのでリビングからポテトチップスを持って階段を上った。
迷った挙句、ポテトチップを選んだアオイが口を開いた。
「ねぇ、テツヤはのりしお派なの?」
「まぁ、コンソメ派ではないな。もしかして、のりしお嫌いだったか?」
「ううん。のりしおってあんま食べる機会無いんだよねぇ。ほら、海苔が歯にくっ付くから女の子はあんま食べないんだよ」
アオイの言葉は、自分には全く持ち合わせていない感覚だった。
しかし、女子という生き物が色々と気を使わないといけないモノだということは、ここ数日で学んでいたので、そういうものだと理解した。
部屋に戻ると、優しい冷気が迎えてくれた。
「へぇ〜女子って、ホント大変だな」
「そうなの。面倒な事が多いけど、でも今は幽霊だし、海苔が歯に付いたって関係ないもんねぇ」
ため息をつきながら話すアオイの声には、少し楽しそうな声色が混ざっている。
僕は勉強する気分にならなかったので、鞄からPSPを取り出して起動させた。
「ねぇ、テツヤ。今日は勉強しないの?」
「あぁ…なんか勉強する気分じゃないからな」
袋を開封して、ポテトチップスを口に入れると、香ばしさと淡い磯の風味が口に広がった。
「ん〜!!数年ぶりに食べたけど、のりしおって美味しい!ってか私、ゲームやったことないんだけど…これ、どういうゲームなの?」
ゲーム初心者のアオイに分かりやすいように噛み砕いて説明をする。
「あぁ、恐竜みたいなモンスターを倒して強い装備とか作るんだよ」
「ふぅん」
「まぁ、一人じゃ倒せないような強いヤツもいるから、そういうのは友達と一緒に倒したりするんだけど…」
「へぇ〜…友達と一緒にできるのは楽しそうだね。人がゲームやってるの初めて見るから何か、ワクワクする〜」
画面にタイトルが出てきて、僕らは冒険の旅へ出発した。
初めは黙って見ていたアオイだったが、しばらくするとゲームの世界にのめり込み、僕に色々と話しかけてきた。
「あっ!テツヤ!そこに罠はったら、足止めできるんじゃない?」
「たしかに、頭いいな。アオイ」
そんな事を言いながら、アオイとゲームをしていると下から名前を呼ばれた。
「哲也~!!ちょっと、片栗粉買ってきてくれなぁい?」
日が傾きかけている時刻といえ、外に出るのはすこぶる気が乗らない。
しかし、年上のお姉さんは違ったようで、子供のようにはしゃぎだした。
「えっ⁉外出れるの?やった~!!テツヤ、行くよね!おつかい!」
「え〜…暑いし、めんどい…」
穴に引きこもろうとする僕をアオイが外へ引っ張り出す。
「え〜!私、外出たい!それに、片栗粉買ってこないと夕飯食べられないよ!」
「まぁ〜…そうだけど…」
僕のどっちつかずの反応に業を煮やしたアオイが、声を張った。
「はい!もう、外も日が沈んできてるし大丈夫だって!」
「分かったよ〜、行けばいいんだろ、行けば…」
背中を押された僕は、快適な部屋から出て生温い階段を降りる。
オレンジ色のリビングには、まな板と包丁がリズミカルに心地よい音色を響かせていた。
扉を開けると、こちらに気づいた母さんが話しかけてきた。
「悪いんだけど、片栗粉買ってきてくれる?お母さん…今、手離せないから」
忙しなく夕食の準備をする母さんはすぐに目線をまな板へ戻した。
「あぁ…分かった」
「テーブルにお金置いてるから、お釣りはお駄賃でいいから」
テーブルに置かれた鈍く光るお金を手に取り、取手を握る。
「19時までには帰ってきてよね!」
背中から念を押す声に、僕は軽く返事をする。
「はいよ〜」
生暖かいサンダルを履いて玄関の扉を開く。
働き者の太陽の置き土産が、額から汗を呼び寄せる。
「あっつ〜。マジで暑過ぎるわ」
「そうなの?私は分かんないけど…」
「アオイは良いよなぁ〜外の暑さとかは感じないって…ズルくない?変わってくれ…」
そんなぼやきを吹き飛ばすように熱波が顔に直撃する。
夕飯の為に重い足を動かす僕に、アオイは自分の体質の自慢を始めた。
「フフフン♪良いでしょ?でも、風は感じるよ。熱風だってアオイ様の前では、ただの風なのだよ!」
「へぇ…アオイ様はスゴイなぁ」
適当な合いの手を入れて、自転車のサドルに跨がり地面を蹴った。
家の前の砂利道に出ると、身体が大きく上下した。
「よっし!じゃあ、私はせっかくだし…後ろに乗ろうっと!」
「おい!二人乗りしたら怒られるだろ!」
初めての外出にはしゃぐアオイを僕は落ち着かせようと奮闘する。
「大丈夫だよ〜。どうせ私の事、みんな見えないんだし!」
そう言ってアオイが大きく息を吸う音が聞こえた。
「ん~!草の匂いがする~。はぁ…気持ちいい。生きてるって感じ…」
吹き荒ぶ黄昏色の風は、後ろに立つ彼女の髪を舞い上がらせていることだろう。
昼間の熱を残こした風が、稲穂を優しくたなびかせている。
虫達が小休止したこの世界には、僕とアオイの声しか聞こえない。
天色の空に向かい走る僕らは、どこまでも続く畦道を進む。
うろこ雲から顔を見せる斜陽は、僕らの不慣れな旅路を淡く包み込むように照らしていた。
音の残渣が、部屋の壁に吸い込まれていった。
「わ~!!最っ高~!!気持ちいい!」
興奮冷め止まぬ中、頭に残った音はアオイの感極まる声へと変わっていった。
音に酔っていた僕は、肩で息をしながらアオイに声をかけた。
「アオイ、歌めっちゃ上手いな!ちょっと聞き惚れたわ」
歌声を褒められて上機嫌になったアオイが、僕に賛辞を送ってきた。
「へへへ、でしょ~?私ってば、結構できる子なんです!あっ…でもでも、テツヤもピアノすっごい上手だったよ!本物の曲、聞いてるみたいだった!」
「ありがとう。やっぱ、こうやって誰かと音楽やるのって楽しいな」
自分と誰かの音が重なる気持ちよさを改めて知った僕らは、音楽の楽しさを再認識した。
「だよね!カラオケで歌うのとは全然違った」
僕は、ライクラ好きのアオイに伝えなければならないことがあった事をすっかり忘れていた。
「そういえば、ライクラ…ちょっと前に新曲出したんだけど聴くか?」
「えっ⁉マジ⁉いつ出したの?」
驚きの声を上げるアオイが、身を乗り出した様子で聞いてきた。
「7月26日」
「じゃあ、知らない!聴く、聴く!」
椅子から立ち上がり、机に置いてあるiPodを手に取った。
「でも、今CDは別のヤツに貸してるからiPodの中のヤツでいいか?」
「大丈夫〜全然いいよ」
僕はスピーカーとiPodを接続して、曲を再生した。
心地よい音の粒が、閑寂の部屋に弾けて割れる。
曲を聴き終わった僕らは、その後も時が経つのを忘れて、互いの好きな曲について語り合った。
話がひと段落すると、お腹が空いてきたのでリビングからポテトチップスを持って階段を上った。
迷った挙句、ポテトチップを選んだアオイが口を開いた。
「ねぇ、テツヤはのりしお派なの?」
「まぁ、コンソメ派ではないな。もしかして、のりしお嫌いだったか?」
「ううん。のりしおってあんま食べる機会無いんだよねぇ。ほら、海苔が歯にくっ付くから女の子はあんま食べないんだよ」
アオイの言葉は、自分には全く持ち合わせていない感覚だった。
しかし、女子という生き物が色々と気を使わないといけないモノだということは、ここ数日で学んでいたので、そういうものだと理解した。
部屋に戻ると、優しい冷気が迎えてくれた。
「へぇ〜女子って、ホント大変だな」
「そうなの。面倒な事が多いけど、でも今は幽霊だし、海苔が歯に付いたって関係ないもんねぇ」
ため息をつきながら話すアオイの声には、少し楽しそうな声色が混ざっている。
僕は勉強する気分にならなかったので、鞄からPSPを取り出して起動させた。
「ねぇ、テツヤ。今日は勉強しないの?」
「あぁ…なんか勉強する気分じゃないからな」
袋を開封して、ポテトチップスを口に入れると、香ばしさと淡い磯の風味が口に広がった。
「ん〜!!数年ぶりに食べたけど、のりしおって美味しい!ってか私、ゲームやったことないんだけど…これ、どういうゲームなの?」
ゲーム初心者のアオイに分かりやすいように噛み砕いて説明をする。
「あぁ、恐竜みたいなモンスターを倒して強い装備とか作るんだよ」
「ふぅん」
「まぁ、一人じゃ倒せないような強いヤツもいるから、そういうのは友達と一緒に倒したりするんだけど…」
「へぇ〜…友達と一緒にできるのは楽しそうだね。人がゲームやってるの初めて見るから何か、ワクワクする〜」
画面にタイトルが出てきて、僕らは冒険の旅へ出発した。
初めは黙って見ていたアオイだったが、しばらくするとゲームの世界にのめり込み、僕に色々と話しかけてきた。
「あっ!テツヤ!そこに罠はったら、足止めできるんじゃない?」
「たしかに、頭いいな。アオイ」
そんな事を言いながら、アオイとゲームをしていると下から名前を呼ばれた。
「哲也~!!ちょっと、片栗粉買ってきてくれなぁい?」
日が傾きかけている時刻といえ、外に出るのはすこぶる気が乗らない。
しかし、年上のお姉さんは違ったようで、子供のようにはしゃぎだした。
「えっ⁉外出れるの?やった~!!テツヤ、行くよね!おつかい!」
「え〜…暑いし、めんどい…」
穴に引きこもろうとする僕をアオイが外へ引っ張り出す。
「え〜!私、外出たい!それに、片栗粉買ってこないと夕飯食べられないよ!」
「まぁ〜…そうだけど…」
僕のどっちつかずの反応に業を煮やしたアオイが、声を張った。
「はい!もう、外も日が沈んできてるし大丈夫だって!」
「分かったよ〜、行けばいいんだろ、行けば…」
背中を押された僕は、快適な部屋から出て生温い階段を降りる。
オレンジ色のリビングには、まな板と包丁がリズミカルに心地よい音色を響かせていた。
扉を開けると、こちらに気づいた母さんが話しかけてきた。
「悪いんだけど、片栗粉買ってきてくれる?お母さん…今、手離せないから」
忙しなく夕食の準備をする母さんはすぐに目線をまな板へ戻した。
「あぁ…分かった」
「テーブルにお金置いてるから、お釣りはお駄賃でいいから」
テーブルに置かれた鈍く光るお金を手に取り、取手を握る。
「19時までには帰ってきてよね!」
背中から念を押す声に、僕は軽く返事をする。
「はいよ〜」
生暖かいサンダルを履いて玄関の扉を開く。
働き者の太陽の置き土産が、額から汗を呼び寄せる。
「あっつ〜。マジで暑過ぎるわ」
「そうなの?私は分かんないけど…」
「アオイは良いよなぁ〜外の暑さとかは感じないって…ズルくない?変わってくれ…」
そんなぼやきを吹き飛ばすように熱波が顔に直撃する。
夕飯の為に重い足を動かす僕に、アオイは自分の体質の自慢を始めた。
「フフフン♪良いでしょ?でも、風は感じるよ。熱風だってアオイ様の前では、ただの風なのだよ!」
「へぇ…アオイ様はスゴイなぁ」
適当な合いの手を入れて、自転車のサドルに跨がり地面を蹴った。
家の前の砂利道に出ると、身体が大きく上下した。
「よっし!じゃあ、私はせっかくだし…後ろに乗ろうっと!」
「おい!二人乗りしたら怒られるだろ!」
初めての外出にはしゃぐアオイを僕は落ち着かせようと奮闘する。
「大丈夫だよ〜。どうせ私の事、みんな見えないんだし!」
そう言ってアオイが大きく息を吸う音が聞こえた。
「ん~!草の匂いがする~。はぁ…気持ちいい。生きてるって感じ…」
吹き荒ぶ黄昏色の風は、後ろに立つ彼女の髪を舞い上がらせていることだろう。
昼間の熱を残こした風が、稲穂を優しくたなびかせている。
虫達が小休止したこの世界には、僕とアオイの声しか聞こえない。
天色の空に向かい走る僕らは、どこまでも続く畦道を進む。
うろこ雲から顔を見せる斜陽は、僕らの不慣れな旅路を淡く包み込むように照らしていた。