遊羽は視線を一瞬たりとも逸らしていないが、社殿から人が出てきてはいない。出てくる様子もない。やはり、中に誰もいないのだろうか。
――しゃん、しゃん、しゃん、しゃん。
扉の内側を眺めていると、ふと遊羽は違和感を覚えた。開いた扉から見える内壁、そこには何も置かれていないただの壁だと思っていた。が、違う。何か置かれている。色褪せた札と同じ色だから、初めは気づかなかった。
筆箱くらいの大きさの箱。それが隙間なくぎっちりと天井まで積み上げられている。見える範囲だけで百個以上はある。
もしかして御神体だろうか。老人たちの話から察するに、祀られているのは切り落とされたキツネの耳だろう。しかし、耳なら一個のはずだ。
しかし実際、膨大な箱が収まっている。一体、あの積み上げられた箱はなんなのだろう。
遊羽の疑問をよそに神楽は進行していく。
男たちが木の台座を持ち、宮司の横に立つ。宮司の手には小刀が握られていた。恭しく小刀を掲げ、男の持つ台座から紅白の紙を取った。祝詞を唱えながら紅白の紙に小刀を添えると、刃を当てて引いた。
――さくっ。
柔らかい布を切り裂く音が響いた。かすかな音だった。鈴の音は鳴り続けている。音が届くわけがない。イメージが作り出した幻聴だったかもしれない。それでも、聞こえたという実感が耳に残っていた。
宮司は紙の一部分を切り落としたようだ。男が紙片を受け取り、筆箱サイズの木箱に納める。そして、ふたたび宮司は祝詞を唱え、新たな紙を手にとった。
――さくっ。
一つの所作が終わるまで、次の所作に移らず、それに所作の間隔に間があるため、遊羽にはひどくテンポ悪く感じた。効率悪いなと、場違いな感想を持つ自分を自覚していた。
何度目かの作業のとき、遊羽は気づいた。ちょうど、宮司の手に持った紙が風で揺れた。その紙の形を目にとらえた。
それは人間の形をしていた。
再び宮司は祈りを捧げると、紙に刃をあてがい、小刀を引いた。周囲に参列している人たちに退屈した様子はなく、厳かな雰囲気でただ見守っている。静寂の中、鈴の音だけが響き渡る儀式には妙な緊張感があった。
何度目かの紙を切ったとき、遊羽は宮司が切り落としているモノに気づいた。とたんに落ち着かなくなる。じっとしていることが堪らず、膝の上の赤ずきんを握りしめた。
――しゃん、しゃん、しゃん、しゃん。
社殿から人は出てきていない。人がいる気配もない。さっきまで宮司に注視していたから、社殿から人が出てきたら間違いなく気づく。だが、遊羽には人の有無など、どうでもよくなっていた。
宮司に視線を戻すと、人形の紙に刃を当てたところだった。頭の横に当てている。それで遊羽は確信した。間違いなく、ある部位を切り落としている。それは――。