「あの……、手伝います」遊羽は目の前の皿に乗った中トロを口に放り込み、ビニール袋に割り箸などを突っ込んでいく。
「構わんて、すぐ終わる。そっちに座ってなさい」
老人は自治会テントの脇を指差した。見ると、パイプ椅子が五個ほど並べてある。申し訳程度の外部客席らしい。
遊羽はテーブルの片づけを最後まで手伝ってから、パイプ椅子に向かった。
すでに参拝客はおらず、代わりに着物姿の中年や老人が集まっていた。いくつかのグループに分かれて親しげに談笑している。イベントのありそうな雰囲気に、参拝客は遠慮しているのだろう。
パイプ椅子には他の客は見当たらない。ひとりで座るのは気が引ける。このまま立ち去ってしまおうか、そういえばクラスメートを探さなければならない。そう思って、椅子から踵を返したとき――。
「私もこっちに座るよ」
紗枝が椅子に座り、隣を勧めてきたので、仕方なく遊羽も座った。紗枝を左となりに見すえながら、膝の上にバッグと赤ずきんを置く。ほとんどの人は参道脇に立ったまま待っている。私服姿の見学客はいない。ひとりで座っていたら、居心地が悪く感じるのは間違いなかった。
きぃ……、きぃ……。
社殿からは木の軋むような音が断続的に聞こえている。風で軋む音だろうか。しかし、今日は小春日和で、建物を軋ませるほどの風は吹いてない。いったい何の音か、と耳に意識を集中すると、社殿の中に人がいるような感覚に襲われる。
社殿の中は二畳程度の大きさだ。いちおう人間は入れる。音は周期的で、聞きようによっては社殿の中を人間がゆっくりと歩き回っているようにも取れる。
きぃ……、きぃ……。
無意識のうちに遊羽は自分の左耳を触っていた。隣の紗枝をチラリと見たが、社殿の音を気にしている様子はない。やはり紗枝には聞こえてないようだ。
「ねぇ、子供の耳を切り落とした話、ホントかな?」遊羽は紗枝に囁いた。
「さぁ、どうだろ? ホントかもしれないし、作り話かもしれない」
「作り話? 子供にイタズラを止めさせるために、話を作ったってこと?」
「うん、それが実際にあったことのように伝わってるのかもね」
紗枝は思い出すようにいった。
「ん~でも、昔もねぇ、神社で遊んでいた男の子がイタズラで社殿を開けようとして、すっごく怒られていたこともあったなぁ。さすがに耳は切り落とされなかったけど、坊主頭にされてたからよく覚えてるよ。信仰深い人たちがまだまだ居るってことでしょ? さっきのお爺さんみたいに」
「へぇ……、カタミミ様ってすごい慕われているよね」現代ではそういった信仰は、すぐに人から忘れ去られてしまいそうだ。「とも思ったけど、子供の罰当たりな行動を単に咎めて、お仕置きしただけだね。というかそれって、実際にあったの?」
「うん、実際にあったこと。ここの人たちは皆、カタミミ様を畏れ敬っている」
話ている老人たちからも、それは伝わってきていた。しかし、遊羽には単に神仏を畏れ敬っているだけではないように思えた。