部室の扉を開けると、遅かったっなと小倉が何かを探るようなにやけ顔でこちらを見てきた。
「なんだよ」
「いや、別に〜」
とクスっと笑っている。
「小倉こそ部室に一人で放置されて寂しかっやだろ」
「別に寂しかねーよ」
慣れてるしとボソッと言った気もするがと聞いても
「なんでもないよ」
と笑って返された。出会ってからよく笑うやつだが今の笑い方には今まで覚えなかった違和感を感じた。しかしもう帰っていいいらしいぞと言うとさっきまで見てた笑顔を取り戻した。
「じゃあ、小春一緒に帰ろ〜」
と鞄を手に取り何気なく言う。
「俺は置いてけぼりか」
と言うと、付いてくるか?と適当に返された。俺は付属品か。
「じゃあついてくよ。こんな時間に帰る人なんて他にいないだろうし」
「この時間じゃなくても一緒に帰れる友達なんていないだろ」
と小倉は煽るように言った。こんなのにいちいち乗っていられない。
「確かにそれもあるけど、俺は小倉と帰りたいとおもったんだ」
おかしいか?と首を傾げる。
「そうか」
と意外そうにこちらを見ている。なんだよ。と思っていると小倉はまぁいいや、と鞄を手に取りドアを開けた。

 校門を出ると最寄り駅まで少し坂が続く。俺と小倉は徒歩だが小春は家まで少し距離があるらしく自転車らしい。女子二人に挟まれた状態で坂を下っていく。自転車のカラカラ音がよく聞こえるのは誰も話していないからだ。
そういえば小倉に伝えていないことがあったと思いだし職員室で新たに決まった事の旨を伝えた。部長が俺に変わったことは少し不服そうだ。
 そのまま何となくで小倉の家までついて行った。どうやらアパートに一人暮らしらしいうちとあんま変わんないのかな。また明日〜と適当に別れ挨拶を言って小春と二人になる。
「どうだったか、やっぱ苦手か」
と小春の方を見ずに聞く。
「はい」
と割と落ち着いた雰囲気で言葉が返ってくる。
「隣にならないように弥君が気にしてくれましたし」
「うん、ならよかったけど」
そのまま特に何かを話すわけでもなく歩き続け、比較的大きな幹線道路に差し掛かると別れた。やはり少し距離があるらしい。
別れ際には
「ここまでついてきてもらってごめんね。また明日」
と嬉しそうな笑顔で言われた。その瞳に影が差したように感じたのは気のせいだろうか。
 彩香の家も小春と分かれた場所も家から遠い、もう冷蔵庫の中身が減ってきていたので買おうと思っていたのだが…。そして一時間ほど経ってようやく家に帰ってこれた。
 ただいまと誰にも届かない声を発しながら家に入る。食材を冷蔵庫にしまい、炊飯器のスイッチを入れて部屋に移動する。ネクタイを外しながらベットに横たわる。ボーっとしているとベットの脇に置いてあった。写真立てが目に入る。確か両親と遠出した時の写真が入っているはずだ。もう何年前か分からないけど。父親と母親は俺が中学に上がる前に事故で他界した。確か雪が降った姉の中学の卒業式の日スリップした軽自動車に両親共に撥ねられた。姉も一緒にいたが父親に突き飛ばされてギリギリで車体を避けることが出来た。しかし姉はその後気をおかしくして事故の後からずっと大きな病院で入院している。兄弟の親権は一人の叔母に預けられた。生前父にお世話になった恩を返したいとか何とかで自ら名乗り出たらしい。そして叔母の元に移った訳だが生活費だけ渡されてこのアパートで暮らしてきた。ひどい扱いといえば他ならないが生活費はちゃんと貰えてるし、姉の入院の費用も負担してもらっているので特に文句は言えない。元々匿ってもらえなかったら児童養護施設に入っていたんだ。それよりはよっぽどましだと思う。
 ベットから起き上がって部屋着に着替える。そして書架からノートを取り出す。両親が死んでから毎日つけている日記だ。読み返したこともないし読み返すことも無いだろうけど何となく続けていた習慣だから今も書き続けている。日付を書いて今日あった出来事について記しておく。書き終わるとちょうど炊飯器の炊けた音が聞こえた。適当に野菜とベーコンを刻みフライパンで炒め、塩コショウで味付けしただけの簡単な野菜炒めが出来た。半分は明日の弁当用と朝食用に残しておく。学校には購買もあるのだが毎日人並みに揉まれるのはしんどくて昨日から弁当に変えた。ご飯を食べてシャワーだけさっと浴びるとその日はすぐに寝てしまった。

 次の日の朝校門への道を歩いていると見覚えのある顔が目に入る。誰だったけ。そんなこと思っていると、おはようと女子の声が聞こえた。人違いだろうと思って無視したが和弥君と名前を呼ばれたので振り返ると小春がいた。
「あぁ、おはよー」
「おはようございます」
とどこか嬉しそうに返される。無視していたことは気にしていないらしい。隣を並んで歩いているが特に何かを話すわけでもないのでさっき、見つけた人について思い出す。
「なんであいつ学校にいるんだ?」
「どうかしましたか」
と小春が首を傾げている。
「いや、昨日さ一緒に生徒指導室に呼ばれた人の中で帰った人いたよね。あの人がいるから」
「それはもう学校に来ないということでは無かったのですか?」
と小春が俺に聞いてくる。俺もそうだとは思うけど、あの人がどんな心境で学校に来ているのかは検討がつかない。そしてさっきから小春が何かうじうじしていることに気を向ける。すると一つ息を吐いて、こちらを向いて口を開き、小さな声で言葉を紡ぐ。
「あの良かったらお昼ご一緒しませんか」
一瞬聞き取れなかったので反応が遅れてしまった。
「ああ、お昼ね」
と相槌を打つと
「別に嫌ならいいんです」
と何か否定されてしまった。何も言って無いんだけどな。
「いや、そういうことじゃなて、お昼一緒に食べたいなと」
「ほ、ほんとですか」
と驚きと嬉しさに挟まれた笑みで言われた。