「ジュースも何もないんだけど、麦茶でいいかしらね?」
「あっ、ありがとうございます。ですが、お構いなく! 私達は本当に、散歩のついででお手紙いただいたご連絡に伺っただけですので」

 僕はみーこさんにならって、隣の席に正座した。キヨさんが部屋を後にした後、裏庭へと通じる大きな窓の外をぼんやり見ながらみーこさんはこう言った。

「時々依頼くださった方のところへこうやって出向くようにしているんです」
「それはまた、なぜでしょうか?」
「佐藤さんもご存知のように、この村は小さくて、過疎が進んでいます。年配の方の一人暮らしも多くて、何かと心配なんですよね」

 ……なんと、なんと心優しい人なのか。みーこさんは巫女ではなく、神。いいや神ではなく女神様だ。
 ちょうど僕に後頭部を見せるような形で、みーこさんは隣にある窓を静かに見つめたまま。それをいいことに、僕はみーこさんに向かって思わず両手を合わせた。と、その時だった。

「最近お菓子を買ったりしなくなったから、こんなおせんべいしかないんだけど……若い方が食べるようなお菓子を最近は用意してなくて、ごめんなさいね」

 そう言いながらキヨさんは両手でお盆を持ち、その上に冷蔵庫から持って来たのであろうプラスチックのボトルに入った麦茶と、透明なガラスのコップを三つ、そして赤い大きなお椀のようなボウルに様々な種類のおせんべいを詰めて持って来てくれた。

「お構いなくと言っておきながらなんですが、私はおせんべい大好きなのでとても嬉しいです」
「そうなの? なら良かったわ」

 キヨさんはみーこさんの反応を見て、嬉しそうに僕とみーこさんに麦茶を注ぎ、お菓子を差し出した。さすがは麗しの女神。キヨさんの心のケアをすでに始めているのかと思うような返答の数々。感服だ。

「ところで、そちらのお兄さんも昨日は急に無理言って悪かったわね。ちゃんと届けてくれてありがとう」

 キヨさんは僕に向かって小さく頭を下げた。

「あっ、いえ、僕も神社を覗いてみようと思っていたので、ついででしたから」
「ところで今日はなんでみーこちゃんと一緒に?」
「ああ僕は……」

 なんて説明しようかと考えていたわずかな時間の合間に、みーこさんはすかさず会話に割って入った。

「一時的にあやかし新聞作りのお手伝いをお願いしたんです。キヨさんが佐藤さんに手紙をうちの神社にお願いしたのも、そして佐藤さんが代わりにきちんと届けてくださったのも、きっと何かの縁だと感じたので」
「そうだったのね。豊臣神社は人助けのねずみ様が神使だから、きっとみーこちゃんがそう感じたのならばご縁だったのでしょうね」

 そう、なのだろうか……。キヨさんの言葉にみーこさんは再び瞳をキラキラとさせながら大きく首を振っている。

「そうなんです。ご縁というものは目に見えないけれど、時々こうして強く感じるものなんですよね」
「そうね。今回のも神様が繋いでくださっているのかもしれないわね」

 二人はほのぼのと意気投合しながら、そんな会話を繰り広げている中、僕は一体縁とはなんなのだろうと考えていた。
 僕と元彼女は一度は縁が繋がっていた。三年も一緒にいたのだから、間違いなく縁が繋がっていたはずだ。
 それなのに僕達は別れてしまった。別れてからは一度もお互いに連絡を取り合っていない。彼女には好きな人がいて、僕は切り捨てられたのだ。僕と繋がっていた縁とやらは、切れてしまったのだろうか……。それとも僕が錯覚していただけで、実は僕達の間には縁など元々なかったのだろうか。

「……あの、せっかくなのでお仏壇に手を合わせてもよろしいでしょうか?」

 みーこさんは部屋の中をキョロキョロとした後、キヨさんに向かってそう言葉をかけた。
 この部屋には仏壇は見当たらない。けれどキヨさんの旦那さんもお子さんも無くなっているのならば、仏壇はどこかにあるはずだ。……と、みーこさんはそう思ったのだろう。

「とは言っても、本当に散歩がてらに覗きに来ただけなので、何のお供え物も用意していないのですが……」

 恥ずかしそうにそう言うみーこさん。けれどとても大学生の子から出てくるような気遣いではないと僕は感心していた。僕の会社の人間にもみーこさんの爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらいだ。

「いいのよ、そんなの気にしなくて。手を合わせてくれるのならきっとあの人も喜ぶわねぇ」

 よいしょ、と勢いをつけてキヨさんは立ち上がった。

「じゃあせっかくなので挨拶してあげてくれるかしら? あの人はみーこちゃんの事をよく可愛がっていたものね」

 ああ、やはり。みーこさんはあの神社で育ったから、お参りに来ていたキヨさんのことも、キヨさんの亡くなった旦那さんとも顔見知りだったのか。
 それならみーこさんはキヨさんの息子さんのことも知っているのかもしれない。そんな事を思いながら、僕はキヨさんとみーこさんの後を追って、隣の部屋へと移動した。
 ふすまを隔てた先にある畳の間。そこもきっと客間の一つなのだろう。大勢の人が来る時には、このふすまを解放して使用しているのかもしれない。
 そんな隣の部屋の隅に置かれている大きな仏壇。その前には白いご飯とフルーツがお供えされている。
 キヨさんは仏壇の扉を開けてその前に正座し、仏壇の中に立ててあるロウソクにマッチで火を灯した。
 火がついた後、一度手を合わせて拝んでこう言った。

「おじいさん、清彦(きよひこ)、みーこちゃんが挨拶に来てくださったよ」

 キヨさんはそう言って席を開けると、会釈した後にみーこさんはさっきまでキヨさんが座っていた座布団の上に正座をした。
 みーこさんは一度、ろうそくの近くに置かれているお鈴を鳴らした。空気の間を縫うように、すうっと透き通った音がこの空間を浄化でもするかのように鳴る。決して主張しすぎず、決して高すぎず、低すぎもせず、チーンと鳴った音に合わせてみーこさんは手をそっと合わせた。
 清彦とキヨさんは言っていた。きっとそれがキヨさんの息子さんの名前なのだろう。キヨさんの口ぶりから聞くと、やっぱりみーこさんは息子の清彦さんとも顔を合わせたことがあるのだ。

 みーこさんはそっと目を開けて、仏壇の上に飾られた遺影を見上げた後、小さく頭を下げた。
 飾られている遺影の中で微笑んでいるのが、きっと清彦さんだろう。写真は実際の年齢時のものかはわからないが、旦那さんはキヨさんと比べると少し若く見え、清彦さんも同じくそう見える。いや、実際の年齢を知らないのだからなんとも言えないが、清彦さんは特にお二人の年齢から逆算しても、若い。晩婚での子供だったなのならまぁ、しっくりくる年齢ではあるのだが。

「依頼内容拝見しました。万年筆を探していらっしゃるんですね?」

 ちょうどみーこさんと入れ違いで僕が仏壇の前に座って、手を合わせた時だった。みーこさんは本題に触れた。

「そうなのよ。息子の万年筆を探しているのだけど、全然見つからないの。そしたらちょうど、あのあやかし新聞のことを思い出してね。神様のお力を貸してもらおうかと思って」

 その後に「お願い事を人に託すなんて、罰当たりだったかしら?」と言いながら、うふふと笑うキヨさん。その笑みには茶目っ気を感じる。

「いえいえ、うちの神社を登るのは大変ですから。もう少しお金があればエレベーターでもつけたいところなんですけど……」

 ご年配の多いこの村で、確かにあの急斜面の階段は大変だとは思う。

「あら、いいのよ。豊臣神社はあのままで。なんでも時代に合わせる必要はないわよ」

 僕が手を合わせ終えたタイミングで、キヨさんは再び隣の部屋へと戻ろうと、僕達を促してくれた。
「一つ、聞いてもいいですか?」

 僕はずっと閉ざしていた口を開いた。そろそろお暇しようというタイミングでだ。
 キヨさんは暖かい笑みをその顔に携えて、僕を見た。その様子は、僕が投げかけた言葉に対する答えだと思った。

「なぜ息子さんの万年筆を探していらっしゃるのでしょうか?」

 万年筆が形見だと手紙には書かれていた。けれど他にも形見になるものはあると思うのだ。なぜ万年筆に思い入れがあり、なぜそれを来月までに見つけなければならないのか。僕にはそこがクリアではなかった。

「息子は、東京で小説を書いていたの」
「そうなんですか、それはすごい!」

 小説家とは……だから万年筆なのか。なるほど。
 今の時代、パソコンという便利なものがあるというのにペンで書いていたのだろうか。しかも万年筆ときたもんだ。清彦さんはなかなか古風だ。形から入るタイプなのか、あげたのがおじいさんだから、ジェネレーションギャップというやつのせいなのか……。

「いえねぇ、私もあまり詳しくは知らないけれど、有名な小説家ではなかったのよ」
「それでもプロとして書かれていたのでしょう? でしたら十分すごいですよ」

 僕がそう率直な気持ちを口にすると、キヨさんはまるで自分が褒められているかのように嬉しそうに笑っている。

「見つかって欲しい万年筆はね、おじいさんが昔息子にあげたプレゼントだったの。小学生の頃だったかしらね、おじいさんが息子の誕生日に買ってあげたものだったのだけれど、息子が高校生の時におじいさんとケンカをして、それを取り上げちゃってね」
「それは、なんでまた……?」
「息子はずっと小説家になりたかったんですよ。大学も行かずに高校を卒業したら小説家になると言ってね、おじいさんは猛反対しちゃって。息子はその後東京の大学を受験したけれど、やる気がないんじゃね、落ちちゃったんですよ。そのまま息子もこの家には帰らずに、東京で一人で住んでいたんです」

 キヨさんは仏壇の上に飾られている遺影を見上げて、切なそうに微笑んだ。二人の写真は隣同士で並んで飾られているが、実際はもっともっと距離があったのだろう。物理的な距離と、そして、心の距離と。

「その……息子さんとは連絡を取っていなかったんですか?」

 恐る恐るそう聞いたのはみーこさんだ。みーこさんの快活で優しい人柄を示す眉尻と目尻が、悲しそうにうなだれている。

「ええ、私はこっそり電話をかけたり手紙を送ったりしてなんとか連絡を取っていたけれど、おじいさんはダメね。頑固な人だったから」
「そうでしたか……」
「ここに帰って来たのもおじいさんが亡くなった後だったわ。私が連絡したからね。最後のあいさつはおじいさんが亡くなった後になってしまってね。せめて来月、息子の命日にまでにあの万年筆をこの仏壇に供えてあげたいんだけど、どこへ行ったのか……」

 キヨさんは首を傾げた後、この場の空気を割るように笑顔で僕たちを隣の部屋へと連れて行ってくれた。

「さぁさぁ、せっかくだからお菓子を食べて行ってちょうだいね」

 そんな風に言いながら。
 僕たちはその言葉に甘えるように、再び隣の部屋に移動し、少しぬるくなった麦茶を飲みながら、おせんべいをいただいた。
「……それでは私はそろそろ帰ります。私もまだ神社の掃除が残っていて、父ももしかすると心配しているかもしれませんので」
「あっ、では僕も。お菓子、ご馳走様でした」

 みーこさんが立ち上がったのを見て、僕も同じく席を立つ。わたいのない会話を続けていたが、そろそろ話も尽きた頃だった。

「いえいえ、大したお構いもできなくてごめんね」
「いえ、こちらこそ突然来たのに、長居してしまってすみませんでした」

 キヨさんはテーブルに両手をついて、「よっこいしょ」と言いながら僕たちを見送ろうと立ち上がった。
 この部屋に来る前に通った長い廊下を歩いて玄関へと向かいながら、みーこさんはふと思い出したようにこう言った。

「そうだ、あのご依頼ですが、今父が占ってくれているところです。今回他の依頼もなかったので早く貼り出せるかと思います。なので次号が貼り出されるまで少しお待ちください。もちろん必ず、息子さんのお誕生日までには張り出しますので」
「あら、ありがとう。宮司さんにもよろしくね」
「はい、伝えておきます」

 みーこさんと僕はキヨさんに頭を下げて家を出た。

「みーこさんのお父さんが占ってるって言ってましたが……?」

 みーこさんの父親は全く霊感というものもなければ、左右だって見えてないと言っていたが、占いはできるのだろうか。いや、結果的に占いで調べてるのではないことはすでに承知済みだ。となるとあれはどういう意味だったのだろうか疑問になった。

「ああ、あれはそう言っておけば父の顔も立つかと思いまして。その方が神職者らしいと思いませんか?」

 ニッコリと笑うみーこさん。親の顔まで立てるとは、本当に出来た娘だ。娘の中の娘、クイーンオブ娘だな、なんて感心している中、ふと思い出したのが……。

「そういえば左右のやつ、どこに行って……?」

 あいついの一番に乗り込んで行ってたくせに、キヨさんと話をしている間ずっと姿を見せていなかった。
 すると——。

「ここにいる」
「……!」

 僕が周りを見渡していたちょうど死角となる背後のすぐそばに左右はいた。
 思わず心臓が飛び出すかと思ったじゃないか。お化けのように現れるのは僕の寿命が縮まるからやめろと言いたい。
 僕が心の中でそう思うと、左右のやつは僕の顔を見て、ニヤリと笑った。してやったりとでも言いたげなその顔……憎たらしいったらありゃしない。
「左右はずっと家の中をウロウロしていたんだと思います。私が依頼主の方とコミュニケーションを取っている間、左右が探し物をするというのがいつもの流れなのです」
「そうだったんですか」

 5メートル以内のものしか見つけられないのであれば、きっと僕たちがお菓子を食べながら話をしている間、左右は家宅捜索でもするように家中をうろついてたってわけか。ますます泥棒と変わらない神使だな。まさにねずみ小僧のようではないか。
 そう思った瞬間、僕は慌てて口を両手で塞いだ。いや、口を塞いだところで僕は声に出して言った訳ではないから意味がないのだが。
 そろりそろりと隣を歩く左右に視線を向けると、これほどまでに鋭利な形の目を見たことがないというくらい、左右の瞳は尖り、僕を見上げていた。

「俺は泥棒などではない。お前、いつか祟ってやるからな」

 昨日のような攻撃を受けるのではないかと心配したが、左右は意外にもそんな末恐ろしい言葉を吐き捨てただけだった。
 いや、本当に祟るつもりかもしれないから、それならば物理的な攻撃よりも強力で危険なものなのだろうが……。

「ところで左右、キヨさんの息子さんの形見である万年筆は見つかったの?」
「……キヨはすでに万年筆のありかを知っていたのかもしれない」
「えっ、それってどういうこと?」

 左右は何を考えているのかわからない様子で、ただ真っ直ぐ前を向いて歩き続けている。
 キヨさんは万年筆のありかを知っている? それならなぜ依頼などしてきたのだろうか。いや、そもそもどこにあるのか分からないと言っていたのだ。それならばキヨさんは痴呆症とかそう言った類の病気だと左右は言いたいのだろうか。けれど実際話した感じからそんな風には到底思えなかったのだが……。
 わけが分からないが、左右はそれ以上は何も言わない。みーこさんと僕は顔を合わせて首を傾げた。
 神社に戻ると、みーこさんの父親が神社下の階段を掃除しているところだった。

「あっ、おはようございます。佐藤さんも満己と一緒だったんですね」
「キヨさんの家に行こうとしていたらばったり会ったから、付き合ってもらっていたの。お父さん、掃除代わるね」

 みーこさんは父親から竹ぼうきを掴み取り、父親の代わりに続きを掃き始めた。掃除ですら楽しそうに鼻歌を歌い、踊るように掃き掃除をするみーこさんは、女神様ではなく天使だろうか。愛らしいことこの上なく、そのほうきで階段を掃くたびに僕の心の中にある薄汚い何かも浄化されていくような気がする。

「掃ききれないほど濁ってるからな。そう簡単にお前は浄化されないだろうな」

 なんて失礼な言葉を吐いた左右は、僕の隣を通り抜けて階段をのぼり始めた。
 このねずみ小僧め……静かになったかと思えば、口の悪さだけは一向に変わらないんだな!
 僕は握りこぶしを作り、必死に気持ちを落ち着かせる。昨日は取り乱してしまったが、ここは大人な余裕を見せなければいけない。いつまでも左右の手の上で転がるほど、僕は馬鹿ではないのだから。

「満己、佐藤さんを無理にけしかけてはいけないよ」
「あっ、いえ、僕がついて行っただけなので、みーこさんにけしかけられた訳ではないんです」

 昨日あんなに断っていたくせに、結局今日はキヨさんの家に一緒に行った。それは紛れもなく僕自身の意思だ。昨日の流れだけを知っているみーこさんの父親からすれば、みーこさんが無理やり誘ったように思えるのだろうが、それはとんだ早とちりだ。

「そうでしたか。それでしたらいいのですが」

 朗らかに笑うみーこさんの父親。どこか力が抜けるようなふわふわとした人物だ。しっかり者なみーこさんとはかなりタイプが違うように思えるのは、きっとこういう父親だからこそみーこさんが支えなければと感じているのかもしれない。
 なんてお節介にも人様の家庭事情を考察していると、左右はとっくに階段をのぼり切ったのか姿が見えなくなっていた。

「それで、キヨさんはどうだったんだい? 万年筆は見つかったのかい?」
「それが、左右が言うにはキヨさんは多分、万年筆のありかを知っているみたいなの」
「ふーむ、それは変だね。知ってて依頼してくるのは初めてのパターンじゃないか」

 みーこさんの父親はそう言いながら考え込むように顎に手を置き、首を傾げた。不思議なのがみーこさんの父親が言うと、おかしな出来事もさほどおかしく思えなければ、深刻な事もそれほど深刻でないように聞こえる。
「とにかく、掃除が終わったら新聞づくりに入ろうと思ってるの。実際はどうなのかよく分からないけど、キヨさんに早く結果を報告したいとも思ってるから」

 みーこさんはそう言いながら再び竹ぼうきで階段を掃き始めた。

「じゃあそれまでに父さんは昼食の用意をしておくよ。佐藤さんもよろしければご一緒にどうでしょうか? あり合わせのものしか用意はできないのですが」
「お言葉は嬉しいのですが、私は一度家に帰ります。祖母がもしかすると昼食を用意しているかもしれませんので」

 昼のことは何も伝えず出てきてしまったから、もしかするとばーちゃんは僕が帰ってくるまで昼食を取らないかもしれない。そう考えると申し訳ない気持ちになる。

「そうですか、ではまたいつでも遊びに来てください」
「私新聞を作ってあげるので、また覗きに来てくださいね」

 二人に見送られながら、僕はその場を去った。本当は新聞づくりをするみーこさんの様子を見てみたかったし、左右の言葉が気になっていたからもっと詳しく話を聞き出したいところだった。
 だけど結局僕は何もできることがなさそうだし、今回キヨさんの家について言ったけど、何の役にも立っていない。全て話を運んだのもみーこさんだ。本当にしっかりした大学生だと言うことを、まざまざと見せつけられる結果となっただけだった。
 昨日はばーちゃんにいきり立って人助けだとか言った手前、もう少し役に立つことをしたかったのだが、どうやら僕は鬼ごっこでタッチされても鬼になれないような存在だった。まるでそれは一人前と判断されない0.5人的な存在のごまめと一緒だ。

「——それで、人助けとやらはうまく言ったんかいな?」

 家に帰ると、ばーちゃんが昼食を用意して待っていてくれた。用意したと言っても昨日の夜の残り物だが、僕にはそれでも十分ありがたい。
 ばーちゃんはバリンッと良い音を鳴らしながら大根のたくわんを頬張った。

「どうやら僕の助けなんていらなかったみたいなんだ」

 あははと笑って見せた後、味噌汁を啜る。昨日の具材とは違って、今日は味噌汁にナスとワカメとしめじが入っている。昨日は玉ねぎと人参だった。

「まぁ必要な時に助けてあげたら良いんよ」

 それは今だと思っていたんだけどな。なんて思いながら僕はばーちゃんと同じようにバリンッと音をかき鳴らしてたくわんを食べた。

「それで、一体どういった人助けしてるんだい?」
「神社の巫女さんに頼まれてちょっと新聞づくりのお手伝いをね」
「ああ、あのあやかし新聞かいな」
「あれ、ばーちゃん知ってるんだ?」

 日中のばーちゃんは家の裏にある小さな畑で自給自足の菜園に精を出している。昔はもっと畑も大きく、じーちゃんと二人で切り盛りしていたらしいけど、歳をとり、じーちゃんも亡くなった今、必要な分だけしか作らなくなったと言っていた。
 そんなばーちゃんだからこそ神社のことは知っていても、新聞のことまで知ってるとは思わなかった。
「そりゃ知ってるよ。お正月のお参りにばーちゃんはいつも豊臣神社を参拝してるんだからねぇ。でもあの新聞ができたのもここ最近のことだったと思うけど」
「何でも神社の巫女さんと神主さんが占い調べるとかで、探し物や悩み事などを解決してるみたいだよ」
「はー、それはすごいねぇ」

 ばーちゃんの感嘆とした声を聞いて、思わず小憎たらしい左右がしてやったみたとでも言わんばかりに憎たらしい笑みを浮かべてる様子が脳裏に浮かんで、僕はさらに言葉を付け足した。

「でも見つからないこともあるからどうだろうね」

 そうだ。実際は解決しないこともあるって書いてたし、あんなチンケな神通力ではな無理なことだってあっただろう。今回はどうやら見つけられたみたいだけど。

「まぁそりゃあるわねぇ。神様だってわからないことはあるだろうよ」
「占いってどうなんだろうね? それも神様の力だと思う?」

 正直あれは占いなんかじゃないけど、でも表向きには占いを推してるわけで。一般的にどう思われてるのかがちょっと気になった。

「さぁ、ばーちゃんは詳しいことよくわからないけど、おみくじも占いだしねぇ。おみくじ引いた時、書かれてる内容はその後のことを左右するのであれば、あれは神様の力が働いてるんじゃないのかねぇ? その後おみくじは神社に括って帰るから神様にお祈りもしてるんだろうしねぇ。このおみくじが実るようにか、良い方向に行くようにか、それはおみくじの結果次第だろうけれど」

 ばーちゃんはそう言った後、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と言い、食器を片付け始めた。
 ……確かにそれもそうか。おみくじはただ引いただけの運試しだとも思えるけれど、その結果にはある意味近しい未来が書かれている。それを信じるか信じないかは本人次第だけど、少なくとも未来を語れる何かが作用していると考えれば、あれは神様の力となるのかもしれない。
 結果が悪ければ結んで帰り、それを神社の神主さんが祈りを捧げてくれる。結果が良ければ結んで神主さんに祈ってもらうのもよし、自分で持って帰るのも良し。結局はお守りのような存在になるのだからばーちゃんの言う通り、神的なものが作用していることになる……少なくともそう信じている行動になることになる。
 僕はばーちゃんの言った言葉を噛み砕くように考えながら、残った昼食に箸を進めた。