「一つ、聞いてもいいですか?」
僕はずっと閉ざしていた口を開いた。そろそろお暇しようというタイミングでだ。
キヨさんは暖かい笑みをその顔に携えて、僕を見た。その様子は、僕が投げかけた言葉に対する答えだと思った。
「なぜ息子さんの万年筆を探していらっしゃるのでしょうか?」
万年筆が形見だと手紙には書かれていた。けれど他にも形見になるものはあると思うのだ。なぜ万年筆に思い入れがあり、なぜそれを来月までに見つけなければならないのか。僕にはそこがクリアではなかった。
「息子は、東京で小説を書いていたの」
「そうなんですか、それはすごい!」
小説家とは……だから万年筆なのか。なるほど。
今の時代、パソコンという便利なものがあるというのにペンで書いていたのだろうか。しかも万年筆ときたもんだ。清彦さんはなかなか古風だ。形から入るタイプなのか、あげたのがおじいさんだから、ジェネレーションギャップというやつのせいなのか……。
「いえねぇ、私もあまり詳しくは知らないけれど、有名な小説家ではなかったのよ」
「それでもプロとして書かれていたのでしょう? でしたら十分すごいですよ」
僕がそう率直な気持ちを口にすると、キヨさんはまるで自分が褒められているかのように嬉しそうに笑っている。
「見つかって欲しい万年筆はね、おじいさんが昔息子にあげたプレゼントだったの。小学生の頃だったかしらね、おじいさんが息子の誕生日に買ってあげたものだったのだけれど、息子が高校生の時におじいさんとケンカをして、それを取り上げちゃってね」
「それは、なんでまた……?」
「息子はずっと小説家になりたかったんですよ。大学も行かずに高校を卒業したら小説家になると言ってね、おじいさんは猛反対しちゃって。息子はその後東京の大学を受験したけれど、やる気がないんじゃね、落ちちゃったんですよ。そのまま息子もこの家には帰らずに、東京で一人で住んでいたんです」
キヨさんは仏壇の上に飾られている遺影を見上げて、切なそうに微笑んだ。二人の写真は隣同士で並んで飾られているが、実際はもっともっと距離があったのだろう。物理的な距離と、そして、心の距離と。
「その……息子さんとは連絡を取っていなかったんですか?」
恐る恐るそう聞いたのはみーこさんだ。みーこさんの快活で優しい人柄を示す眉尻と目尻が、悲しそうにうなだれている。
「ええ、私はこっそり電話をかけたり手紙を送ったりしてなんとか連絡を取っていたけれど、おじいさんはダメね。頑固な人だったから」
「そうでしたか……」
「ここに帰って来たのもおじいさんが亡くなった後だったわ。私が連絡したからね。最後のあいさつはおじいさんが亡くなった後になってしまってね。せめて来月、息子の命日にまでにあの万年筆をこの仏壇に供えてあげたいんだけど、どこへ行ったのか……」
キヨさんは首を傾げた後、この場の空気を割るように笑顔で僕たちを隣の部屋へと連れて行ってくれた。
「さぁさぁ、せっかくだからお菓子を食べて行ってちょうだいね」
そんな風に言いながら。
僕たちはその言葉に甘えるように、再び隣の部屋に移動し、少しぬるくなった麦茶を飲みながら、おせんべいをいただいた。
僕はずっと閉ざしていた口を開いた。そろそろお暇しようというタイミングでだ。
キヨさんは暖かい笑みをその顔に携えて、僕を見た。その様子は、僕が投げかけた言葉に対する答えだと思った。
「なぜ息子さんの万年筆を探していらっしゃるのでしょうか?」
万年筆が形見だと手紙には書かれていた。けれど他にも形見になるものはあると思うのだ。なぜ万年筆に思い入れがあり、なぜそれを来月までに見つけなければならないのか。僕にはそこがクリアではなかった。
「息子は、東京で小説を書いていたの」
「そうなんですか、それはすごい!」
小説家とは……だから万年筆なのか。なるほど。
今の時代、パソコンという便利なものがあるというのにペンで書いていたのだろうか。しかも万年筆ときたもんだ。清彦さんはなかなか古風だ。形から入るタイプなのか、あげたのがおじいさんだから、ジェネレーションギャップというやつのせいなのか……。
「いえねぇ、私もあまり詳しくは知らないけれど、有名な小説家ではなかったのよ」
「それでもプロとして書かれていたのでしょう? でしたら十分すごいですよ」
僕がそう率直な気持ちを口にすると、キヨさんはまるで自分が褒められているかのように嬉しそうに笑っている。
「見つかって欲しい万年筆はね、おじいさんが昔息子にあげたプレゼントだったの。小学生の頃だったかしらね、おじいさんが息子の誕生日に買ってあげたものだったのだけれど、息子が高校生の時におじいさんとケンカをして、それを取り上げちゃってね」
「それは、なんでまた……?」
「息子はずっと小説家になりたかったんですよ。大学も行かずに高校を卒業したら小説家になると言ってね、おじいさんは猛反対しちゃって。息子はその後東京の大学を受験したけれど、やる気がないんじゃね、落ちちゃったんですよ。そのまま息子もこの家には帰らずに、東京で一人で住んでいたんです」
キヨさんは仏壇の上に飾られている遺影を見上げて、切なそうに微笑んだ。二人の写真は隣同士で並んで飾られているが、実際はもっともっと距離があったのだろう。物理的な距離と、そして、心の距離と。
「その……息子さんとは連絡を取っていなかったんですか?」
恐る恐るそう聞いたのはみーこさんだ。みーこさんの快活で優しい人柄を示す眉尻と目尻が、悲しそうにうなだれている。
「ええ、私はこっそり電話をかけたり手紙を送ったりしてなんとか連絡を取っていたけれど、おじいさんはダメね。頑固な人だったから」
「そうでしたか……」
「ここに帰って来たのもおじいさんが亡くなった後だったわ。私が連絡したからね。最後のあいさつはおじいさんが亡くなった後になってしまってね。せめて来月、息子の命日にまでにあの万年筆をこの仏壇に供えてあげたいんだけど、どこへ行ったのか……」
キヨさんは首を傾げた後、この場の空気を割るように笑顔で僕たちを隣の部屋へと連れて行ってくれた。
「さぁさぁ、せっかくだからお菓子を食べて行ってちょうだいね」
そんな風に言いながら。
僕たちはその言葉に甘えるように、再び隣の部屋に移動し、少しぬるくなった麦茶を飲みながら、おせんべいをいただいた。