忘れもしない赤い色が、この庭にもあった。
なぜか目を逸らすことができず、その色をじっと見つめる。
私の脳裏に焼きついたものと同じ色。
ううん、あれはもっと熱くて、獰猛な赤だった。

――ごめんね、雨音

私を包んだあの日の炎の色が、急速に蘇る。
それなのに、どうしてだろう。
お母さんの顔と妹の姿が、ぼやけて上手く思い出せない。
まるでピントがずれた映像を見ているみたいだ。
浮かぶのは、ただの赤い色だけ。

「さすが、よく知っているわね」

理人さんの声に、はっと我に返る。
狼狽える私に対し、理人さんは先ほどから変わらない穏やかな表情でサルビアを見つめていた。

「……このお花にも、花言葉があるんですよね?」

動揺した心を鎮めるため、私は覚えたばかりのことを彼に尋ねてみた。
理花子さん初めて会った日、彼女に聞いた楽しい花言葉の話。
また、そんな話がしたかったのだ。

「もちろんよ。代表的なものだと……【家族愛】かしら」

しかしそんな私の思いとは裏腹に、理人さんから返ってきたのは予想外の言葉だった。
どくりどくりと、胸が張り詰める心地がする。

もしかしたら私は、“私の家族”のことを忘れようとしているのではないだろうか。

「雨音ちゃん?」

「私……」

頭の中が霞みがかったように、上手くものを考えられない。

――心も壊れちゃったのよ。

いつか聞いた、誰かの言葉。
あのときは心の中で否定したけれど、本当はそうだったのだろうか。
自分の知らないうちに、私はおかしくなってしまっていたのかもしれない。
大切な家族のことを知らぬ間に忘れて、自分だけ生きていこうとしているのかもしれない。
そうだとしたら、私はなんて薄情なのだろう。
もしもここにいる間に少しずつ二人のことを忘れて、いつか何も思い出せなくなってしまったら。

「いや……」

だから早く行かなくちゃいけないのに。
でも、苦しいのはもう嫌だ。
痛いのはもう嫌だ。

(助けて――!)

じわりと、あの日の記憶が蘇っていく。
髪を焼かれ皮膚を炙られ、呼吸もままならない。
お母さんの腕の中で、私は死に向かう時間を味わった。
二人の元に行くには、次はあのときよりももっと長い時間を苦しまなければならないのだ。

「いやっ……!」

けれど本当はもう、あんな目に遭うなんて嫌だった。
凄まじい恐怖に足が震え出し、私はとうとうその場にうずくまった。
冷や汗がだらだらと体を伝い、膝をぎゅっと抱きしめて、襲いかかるいろんな感情を耐える。

「あ、雨音ちゃん、ごめんなさい……!」

「こわい……」

「そうよね……! アタシが無神経だったわ……! 本当にごめんなさい……!」

じっと身を固めた私の背を抱きしめながら、理人さんは何度も謝ってくれた。
彼は何も悪くないのに。
悪いのは、臆病でズルい私なのに。

「大丈夫。あなたが苦しむことなんて、何もないのよ。だから大丈夫」

理人さんの大きな手が、大丈夫、大丈夫と私の背を撫でる。
それでも体の芯は冷えたまま、私の震えは止まない。