「……どうして今、そんなこと言うかな」

「ごめんなさいね。こんな若い女の子を誑かしちゃったっていう負い目があるのよ」

不安になって真意を問えば、彼は自嘲するように笑った。

そんなこと、気にしなくていい。
私はただ「待ってる」と、その一言があれば何もいらないのに。
けれど彼は、私を縛りつけるようなことはしたくないのだろう。
理人さんの優しさに、それでも少し悲しく思っていると。

「でも……でもね。それでも変わらずアタシを選んでくれるなら――」

彼はふいに、私の右手を取った。

「――いつかトロイメライへ迎えにきて。アタシはずっとここにいるから」

そのまま、彼はまるで王子様のような仕草で、私の手の甲にキスを落とした。
その行為に驚きながらも、なぜだか笑いが込み上げてくる。
だっておとぎ話なら普通、迎えにきてくれるのは王子様の方のはずなのに。
けれどこれはおとぎの国の、夢の話なんかじゃない。

「私、頑張るね。理人さんの隣に並んでも見劣りしないような大人になって、いつか絶対に迎えにくるよ」

「楽しみにしてるわ」

そこでちょうどよく、新幹線が大きな音とぬるい風を連れてやってきた。
人がぞろぞろと乗降していくなか、彼らに目をやる理人さんの隙を見て、ふと、あることを思いつく。

気づかれないようににやりと笑みを浮かべ、心が動くままに私は背伸びをした。
そのまま奪うように彼にキスをすると、驚いて丸くなった目が再び私を映し出す。

「ちょっと、雨音……!」

「行ってきますっ!」

慌てる理人さんを後目に、満たされた心地で新幹線へと乗り込む。
やがてアナウンスとともにドアが閉まり、車両はゆっくりと動き出した。
ホームはすぐに遠くなり、理人さんの姿もあっという間に見えなくなる。
その代わりに窓の外に広がったのは、トロイメライの佇む街の景色だった。

この街に来てから、私はたくさんの人に出会い、たくさんの愛情をもらった。
毎日が驚くほど幸せで夢見心地だった、そんな日々が終わる。
そして――新しい夢に向かう日々が始まる。

この先、どんなことが私を待ち受けているだろう。
行く道は果てないけれど、何も怖くなんてなかった。

窓の外の街が少しずつ離れていく。
私はブーケを抱きしめながら、遠い未来のことを夢に描いていた。