――3月、終わり。

春うららと言うにはまだ肌寒い日々が続くなか、無事に志望校への合格を果たしていた私は、ついに上京の日を迎えていた。

「じゃあ、行ってきます」

「ええ。気をつけて」

暖花さんと彼女に抱っこされたキルシェに見送られながら、私はトロイメライを出た。
涙を浮かべる暖花さんに対し、キルシェはいつもどおりの澄ました顔をしていて、その対照的な姿に思わず笑みがこぼれる。

「雨音。離れていたって、いつでもあなたを想っているからね」

「うん。暖花さんも無理はしないで、元気な赤ちゃんを産んでね」

暖花さんのお腹に手を当てて、新しく宿った命に想いを馳せる。
私が大学生活に馴染むころ、この子は産まれてくる予定だ。
彼女たちとトロイメライの景色を目に焼きつけて、名残惜しく思いながらも、私は理人さんの車で駅へと向かった。

朝のラッシュが過ぎた時間帯のせいか、駅の構内はそれほど混雑してはいなかった。
しかし私と同じように、これから上京をするような雰囲気の学生が見受けられる。
彼らに倣い、私もチケットの発券を済ませば、いつのまにか入場券を購入していたらしい理人さんが、ホームまで送ると言って着いてきてくれた。

「忘れ物はないわよね」

「うん、大丈夫」

「あっちに着いたらすぐに連絡しなさい」

「もう。何回も言わなくても分かってるよ」

心配性な理人さんに苦笑いをしながら、エスカレーターで新幹線用のホームへと上がる。

電光掲示板を確認すると、新幹線はあと5分ほどで到着するようだった。
私が乗る予定の車両は、確か9号車だったはずだ。

「雨音」

「ん?」

「最後にもうひとつだけ」

チケットを見ながら車両と指定席の番号を再確認していると、理人さんは突然、その手に持っていた紙袋を漁りだした。
どうかしたのだろうかと不思議に思えば、中から取りだされた淡い色のリボンが、私の眼前で揺れる。

「荷物になるとは思ったんだけど、やっぱり渡したくて」

そう言って差し出されたのは、ピンクのチューリップがメインの、かわいらしいミニブーケだった。
白い花の中に二輪のチューリップが咲いていて、まるで恋人同士が寄り添っているような姿に見える。
思いがけない贈り物を受け取り、私は感激のあまり胸を熱くした。

「ピンクのチューリップの花言葉は、【愛の芽生え】に【誠実な愛】。あなたに贈りたい言葉だと思って、この花を選んだの」

「ありがとう……」

ブーケに込められた意味を知り、さらに嬉しくなってしまう。
彼は本当に、私をときめかせるのが得意だ。

「雨音はこれから、いろんな世界を見るわ。そこでたくさんのことを知って経験すれば、考えが変わることもあるかもしれない。そうなったら、アタシのことは気にせず、どうか自由に生きてほしいの」

私がブーケのかわいさに目を細めていると、彼は続けざまに、まるで突き放すかのような言葉を発した。
その声を聞き、ハッとして顔を上げる。