暖花さんにポンと背中を押され、私は理人さんと向き合った。

首が辛くなるくらいに見上げる、その大きな背丈。
少し屈まないとドアに頭をぶつけてしまいそうになるくらい、彼は背が高い。
けれど不思議と怖さも威圧感もないのは、女性的な独特の雰囲気ゆえなのだろう。

「後で植物図鑑もあげるわ。アタシのお下がりになるけど、分かりやすくていい本なのよ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。うふふっ、嬉しいわぁ。お花を語れる子が来てくれるなんて。さぁ、こっちよ」

優しく手を引かれながら階段を降り、廊下を進む。
そうして辿り着いたのは、玄関とは反対方向にあった扉の前だった。

この奥に一体何があるというのだろう。
不思議に思う私に、理人さんがにっこりと笑いかける。
そして躊躇なく扉が押し開かれると。

「わあっ……!」

扉の向こうの景色を見た瞬間、私は思わず声が漏れた。

それもそのはずだ。
無数の花々が咲く美しい庭が、私の目に飛び込んできたのだから。

「気に入ってくれたかしら」

理人さんに尋ねられ、私はこくこくと首を縦に振った。

よく整えられた青い芝の小径。
レンガで仕切られた柔らかな土の上には、色とりどりの花が咲いている。
窓に寄りかかるような緑のカーテンと、そんな庭を囲む柵に掛かるのは小さな植木鉢だ。
所々には動物の形をしたオブジェまで置かれていて、まるで童話の世界に紛れ込んだような気分にさせる。
そっと足を踏み入れると、芝がしゃりしゃりと音を立てた。
爽やかな夏の匂いが、鼻をくすぐる。

「この裏庭はね、アタシの宝物なの。ここまで整えるのに5年もかかったのよ」

その言葉を聞いて、私はすぐに納得した。
どこもかしこも惜しみない愛情が注がれていて、手間暇がかかっているのが分かる。
理人さんがどれだけ花を愛しているのかは、一目瞭然だった。

「駐車場の裏にシャッターがあったのが見えたかしら?  ちょっと前まではね、祖父があそこで花屋を開いていたの。亡くなる前に閉店しちゃったんだけど」

「お花屋さん……?」

「そう。アタシ、その花屋が大好きだったのよ。だから大学を出たら、またここで姉さんと花屋を始めるつもり」

夢を語る理人さんの頬は、大人の男の人とは思えないくらい初々しく紅潮していた。
おじいさんもお母さんも花に関わるお仕事をしていたのだから、花好きは家系なのかもしれない。
彼の眩しい表情を見ながら、私はそう思い、小さく笑った。

「その夢が叶うまでは、ここで花を慈しもうって決めているの」

「素敵です」

「でしょう?  さぁ、もっとじっくり見て!」

そう言われて、今度はひとつひとつの花をゆっくりと眺める。
計算されて植えられているのか、似たような色の花が順に並び、グラデーションになるように並んでいた。
そしてその中でも、私はある花の色に目を奪われた。

「……サルビア」