すると理人さんは静かに息を吐き出し、一転して、抱きついていた私をソファーへと押し倒した。
いきなり状況が変わったことへの焦りをみせる私とは対照的に、彼は余裕たっぷりな笑みを浮かべる。
そのまま優しく私の髪を手で梳いて、さらされた耳元に唇を落としていった。

「理人、さん」

こういうとき、どうすればいいのだろう。
迫ったのは自分の方なのに、いざとなったら何もできず、私はただただ体を硬直させた。
彼が触れた部分が恐ろしいほど敏感になり、髪や吐息がかかるだけで小さく震えてしまう。
緊張を紛らわせるため、理人さんの着ていたシャツの裾を握れば、彼がこちらの様子を窺うように見たのが分かった。

「涙目よ?」

「……緊張、してるだけ。理人さんになら何をされたって怖くないから」

それは強がりではなく本心だった。
涙が浮かんでくるのは、別に理人さんのことが怖いからではない。
ただどうしようもなく緊張してしまって、余裕がないだけなのだ。

「どうして?」

すると理人さんは、私を見下ろしたまま、切なそうに瞳を揺らした。

「怖がってくれたらいいのに、どうしてそんなに男を煽るようなことを言うの?」

「理人さん……?」

「アタシだって、余裕があるわけじゃないんだから」

そう言うと、理人さんはいきなり私の右手を取り、自分の左胸へと当てた。
ほのかな彼の体温を、手のひらに感じる。
そこでふと、とくとくと波打つその鼓動が、常よりもずっと早いことに気づいた。

「分かる?」

優しく問われ、ゆるゆると首を縦に振る。
信じられないことに、理人さんも私と同じくらいに胸を鳴らしているのだ。

起き上がり、自分から彼の胸に耳を寄せる。
余裕があるわけじゃないと言ったその言葉どおり、痛いほど激しく脈打つ音が確かにそこにあって、私は泣き出してしまいそうなくらい、その音を愛おしく思った。

「アタシはどこへも行ったりしないわ。だから焦らなくてもいいのよ。あなたが大人になるのを、ずっと待ってるから」

長い指が、胸に寄りかかる私の髪を撫でる。
見上げれば、淡い色の眼が溢れるほどの愛を訴えてくる。
今はそれだけで十分なのかもしれない。
そう思わされて、私は幸せに浸りながら、静かに目を閉じた。


「理人さん、大好き」

「ええ。アタシもよ」





――12月。

寒さがひと際厳しくなるころ、私は勉強の息抜きに、久しぶりにトロイメライのお手伝いをしていた。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「ええ。かわいい鉢植えがほしくて」

その日一番最初のお客様は、若い女性の方だった。
最近引っ越したばかりで部屋が殺風景なため、窓辺に飾る鉢植えを探しているらしい。

「かわいい鉢植えでしたら、アザレアはいかがでしょうか」

「まぁ、素敵! でもいろんな色があって、どれにしようか迷っちゃうわ」

「でしたら、お好きな花言葉で選んでみてはどうでしょう」

「花言葉?」

「はい。こちらの赤い花弁のものは花言葉を【節制】、ピンクのものは【青春の喜び】、そしてこの白いものは――」


【あなたに愛されて幸せ】と言うんですよ。