「……理人さんが、させるの」

この瞳も、熱も、全部あなたのせいだ。
そんな気持ちを素直に伝えれば、理人さんは眉根を寄せ、なんだか難しい表情をした。
しかしそういう顔さえも美しいのだから本当にやっかいだと思う。
今の私は、彼は些細な表情の変化にすら心を乱してしまって、どうしようもない。

恋する自分に半ば呆れるような心地でいると、突然彼が私の顎を掬った。

「っ…………」

間近で見つめられ、思わず目を見開く。
眼前に迫る彼の顔立ちの美しさに、私は改めて驚かされた。

まるで丁寧につくられた砂糖菓子のように、均整のとれた甘い顔。
自分がこんなに綺麗な人に愛されているなんて、今でも信じられない。
本当に夢を見ているみたいだ。

熱のせいでぼんやりとしてしまった思考の中、理人さんのつくり出す影が、ゆっくりと私に重なっていく。
こんな状況でキスを期待しない女はいないだろう。
そのまま、私は微睡むように目を閉じた。

「……?」

しかしそれからいつまで経っても、私たちの唇が重なることはなかった。
不思議に思って目を開ければ、そこには強ばった顔の理人さんがいる。
目が合うと、彼は私の腕を掴んで押しのけ、自分との距離を取らせた。

「ちょっと待って……!」

「理人さん……?」

「こういうのは雨音が高校を卒業してからよね! いっ、いいえ! 最低でも20歳になってからよ!」

矢継ぎ早にまくし立てた理人さんに、拍子抜けする。

キスは20歳になってからなんて、そんな清純すぎること、今どき小学生でも言わないはずだ。
そう思って唇を尖らせる私を見て、彼は慰めるように微笑む。

「分かってちょうだい。大事にしたいのよ、あなたのこと」

理人さんはきっと、私のことを思って自制してくれているのだろう。
それは分かっている。
けれど、子供に言い聞かせるような声音に、私の不満はますます募っていった。

私は一秒でも早く理人さんに釣り合うような大人になりたいのに、当の彼が私を子供扱いするなんて。
それに簡単に自制ができてしまうくらい、私には魅力がないのだろうか。
そんな些細なことに腹を立ててしまうところが、私がまだ子供だという何よりの証拠なのだと分かってはいるのだが。

「自分は昔、年上のお姉さんと遊んでたくせに」

「ぐっ……。それを言われちゃうと何も言い返せないわね」

「でしょう? それに私だって、もう守られてばかりいたくないよ」

後悔を滲ませながら唇を噛む理人さんに、私は思いきって抱きついた。
ほんの少し前まで、この想いは一生心に秘めておこうと誓っていたはずなのに、いざ報われたら、もっと先をと望んでしまう。
自分がこんなに現金で欲深い人間だったなんて知らなかった。

それでも、彼に愛してもらいたいという思いは尽きない。
ここを離れてしまう前に、ひとつでも多く思い出がほしい。

「……聞き分けの悪い子ね」

「わっ」