トロイメライ

理人さんの声に頷き、その背に手を回すのは容易いことだろう。
けれどそれをするのが私で、本当にいいのだろうか。
彼に似合う人は、もっと他にいるはずなのに。
彼の幸せを願えば、そう思わずにはいられない。

けれどもう、好きで、好きで、どうしようもないくらい苦しくて。
こんな想いを彼が受け入れてくれるのならば、身を任せてしまいたいと考えてしまう。
すると、揺らぐ気持ちに追い打ちをかけるように、私を抱きしめる力が強くなった。

「雨音。何度も言うけど、あなたはアタシの世界で一番大切な子よ」

「うん」

「いろんな思いを含めて、あなたを愛してる」

「うん」

「だから今すぐに、あなたを恋人としては見られないかもしれないけれど」

ああ、もう――

「この先も、アタシと未来を歩んでくれる?」

――理人さんが、それを望んでくれるなら。

心を決めた私は、秘めていた想いを打ち明けるように、ようやく彼に抱きついた。

ひと口に幸せだと、手放しでは喜べない。
理人さんの言ったとおり、私たちは家族で、年の差だってある。
私だって、彼の隣に並んでいられる自信なんてない。
けれど現実は、おとぎ話のように大団円で終わることなんてめったにないのだ。
それは私が今まで歩んできた道のりが証明している。

私はこれからも後悔を残したり、不安を抱えたりしながら生きていくのだろう。
それでも、どんな困難が待ち受けていようとも、彼の存在が私を強くしてくれる。
だからきっと、大丈夫。

「……私、理人さんを好きでいてもいいの?」

あたたかい温度に身を委ねながら、まるで夢を見ているかのような気分で尋ねる。
すると、理人さんは思いがけないといった様子で、くすりと笑った。

「本当はずっと、あなたの純粋な想いに触れるたびに、心地いいって思ってた」



翌朝学校へ行くと、私の机の前には仁王立ちした颯司くんが待ちかまえていた。
その表情は笑顔だが、明らかに怒りをにじませているのが分かる。

「俺の言いたいこと分かる?」

「心配かけたよね……ごめん」

「本当だよ。三日も学校休んで何してたわけ? 受験生のくせに」

「返す言葉もありません……」

厳しい母親のような顔つきの颯司くんを見て、友人想いの彼にも心配をかけてしまったと反省する。

学校に来ない私を見舞うため、颯司くんはマリーゴールドの種を蒔いたあの日のように、わざわざトロイメライまでやってきてくれていたらしい。
しかしそこに私は居らず、代わりに落ち込む理人さんを目撃し、暖花さんには「今はそっとしておいて」と言われたそうだ。
今さら颯司くんに隠すことなど何もなく、私はすぐに事の顛末を彼に打ち明け、そして心配をかけたことを重ねて謝った。

「それならそうと、俺に連絡ぐらいしてくれればいいのに」

「何も持たずに家出しちゃって」

「雨音らしいな」

颯司くんが呆れた様子で目を細めるのを見て、私は苦笑いをするしかなかった。

「理人とのこと、暖花にも言ったのか?」

「うん。迷惑をかけた訳も説明しなきゃいけなかったし、暖花さんに隠していたくもなくて」