私に傷つけられるとしたら、それは私に嫌われたときだなんて、この気持ちを知らないからこそ言える綺麗事だ。
この熟れすぎた果実のようなどろどろとした想いをぶつけられたら、きっと困ってしまうくせに。
心の中で悪態を吐きながら、もう立ち去ってしまおうと考えていると、ふいに彼の右手が近づいてきた。

「じゃあ、アタシのことが嫌いじゃないなら――」

そのまま、その大きな手のひらが、私の左の頬を包む。

「――……それなら、好き?」

たった一瞬。
好きと形づくった彼の唇の動きが、やけにくっきりと目に映って、私の視界は真っ黒に染まった気がした。

気づかれている。

いつ、どこで、どうして。
どうして、どうして、どうして。
分からない……分からない、でも、理人さんは私の気持ちに気づいている。
それを知った瞬間、私の体はわなわなと震えだした。

「正直に言うとね、そうなんじゃないかって思うときがあったの。アタシも大人だもの。そんな真っ直ぐな目で見つめられて、その想いに気がつけないほど鈍感でいられない」

「……ごめんなさい」

「謝らないでよ。……ううん。謝らせているのはアタシだものね。雨音はアタシが傷つかないように、秘密にしてくれていたんでしょう?」

そうか、お子さまな私の考えや我慢なんて、彼にはお見通しだったのだ。
つまり私は、一人で無駄に悩んだり空回ったりしていただけだったのだろう。
自分の浅はかさに、ほとほと嫌気が差す。

「雨音。アタシ嬉しいわよ、あなたの想いが」

「……嘘」

「嘘なんかじゃないわ。そのことで傷ついたりもしない。だって世界で一番大切な子が、アタシのことをこんなにも想ってくれているんだもの。嬉しくないわけがない」

真剣に告げられた言葉に、ついに私は顔を歪ませてしまった。

「だから、アタシの正直な気持ちも聞いてほしいの」

理人さんの切実な声が響く。
その声に、私はぎこちなく頷いた。



お互いに気持ちを落ち着かせるため、私たちはダイニングテーブルに向かい合って座った。
しかし私はなおも理人さんの顔を見れず、ぐすりと鼻を鳴らしながら、視線を横に逸らしている。
そう言えば、この時分はリビングにいるはずのキルシェの姿がどこにも見えない。
彼女のことだから、私たちの空気を敏感に感じ取って席を外したのだろうか。

「アタシたちは家族だし、アタシは雨音よりひと回りも年上でしょう? 普通に考えて、アタシなんかよりも雨音にふさわしい人はたくさんいるわ」

するとついに、理人さんが重たそうな口を開いた。

いつもよりもゆっくりとした話し方なのは、私を傷つけまいと、言葉を選んでくれているからなのだろう。
きっと今、彼は優しく私を振ってくれている。

「だからこのまま、あなたの想いに気づかないふりをしていれば、雨音もそのうち諦めて、別の素敵な人を見つけてくるだろうって思ってたの。そうするのが、あなたにとって一番いいって」

慎重に紡がれる言葉を聞きながら、私は無意識に唇を噛んでいた。
想いが報われないことが悲しいわけではない。
初めから叶わない恋だと分かっていたのだから。