「アタシこそ、変なことを言ってごめんなさいね」

そう言って眉を下げる彼に首を振る。

「ううん、理人さんは何も悪くないよ。私が……ムキになっただけ」

慣れない恋愛の話に動揺して、逃げ出した。
私は今回のことに、そんな理由をつけて決着させようと考えていた。

へらりと笑って、理人さんの表情を窺う。
彼は呆気にとられたように目を開いたまま、言葉を失っているようだった。

「まだまだ子供だよね、私」

言い返されないうちに、話を終着させる言葉を吐く。
大丈夫、表情を変えずに上手く話せたはずだ。
私にしてみたら上出来だろう。

これでいい。
これで、終わり。

「勉強、二日もサボっちゃった。学校はこれから行くね」

仕度をするために、くるりと踵を返した。
そのまま早々にリビングを出て行こうと、右手をドアノブにかける。

「待って、雨音」

しかし理人さんに左の手首を掴まれ、私は足を止められた。
振り向けば、彼のしかめた顔が目に映る。
どうやら納得してくれていないらしい。

「もう少しきちんと話をしましょう?」

「話すことなんて何もないよ。急がないと二限に間に合わなくなっちゃう」

こうなってしまえばと、私は理人さんの良心につけこむ、ずるい手段をとった。
私が困ったように装えば、すぐに手を放してくれると思ったのだ。
私が否と言ったことを彼が無理強いしたことなんて、今まで一度もなかったのだから。

しかし彼は放すどころか、私の手首を掴む力をさらに強めた。
痛みはないものの、このままでは彼から離れられない。

ねぇ、気づいて。
このままでは私は、あなたを傷つけてしまう。

「理人さん……」

諌めるように名前を呼んだが、彼はまるで反応をしてくれない。
代わりに力強く腕を引いても、男性の理人さんに適うわけがなく、私たちはしばらく押したり引いたりという応酬を繰り返した。

気づいて、理人さん。
でも、私の想いには気づかないでいて。
そんな相反する想いが頭の中で交錯して、どうにかなってしまいそうだ。

「……早く行かなきゃだから」

「少しでいいの」

「理人さん」

「お願いだから待って」

「理人さん! 放して……!」

互いに混乱が高まってきたころ。
言うことを聞かない私に、ついに痺れを切らした理人さんは、一際強く私の腕を引いた。
そのあまりの強さに体がつんのめり、彼の方へと倒れ込む。
そのまま、私は彼の腕の中に閉じこめられた。

「放さない……!」

吐いた言葉を体現するように、きつく抱きしめられる。
思わず感じてしまった体温に、文字どおり息が止まった。