「私はいいことだと思うわ」

「え……?」

私が押し黙ったままでいると、暖花さんは穏やかな口調のままそう言った。

「雨音も理人も、相手のことばかり考えて自分の気持ちに蓋をするところがあるから。たまには遠慮せずに、ぶつかることがあっていいと思うの」

暖花さんの言葉にハッとして顔を上げると、反対に彼女の方が目を伏せた。
その目元が、やけに悲しそうに見える。

「私も昔は理人とよくケンカをしたわ。ケンカといっても、いつも私が一方的に怒ってるだけだったけど、理人が私に不満を持ってるってことは分かってた」

つらつらと語られた事実に、私の胸は嫌な音を立てた。

暖花さんは理人さん想いを知らずとも、なんとなく感じ取っていたのだろう。
彼女もまた辛い思いをしていたのだと、私はこのとき初めて知った。

「正直あの子の考えることは、今でもよく分からないところがあるの。言いたいことがあるなら言葉にしてほしいって、何度も思っていたわ。でも結局、私たちは分かり合えないまま成長してしまった」

暖花さんが私に向き合うように体の向きを変えた。
なんとなく彼女の目が見られず、彼女がつけている小さなピアスの方を見る。

「雨音も理人に何か言いたいことがあるんじゃないの?」

「…………」

「相手のことを思いやるのも大事なことよ。でも、そのことで雨音悩んでしまうのなら、きっとそれは理人の本意ではないはずだわ」

私の目からまた、じわりと涙が滲む。
私がこのままずっと思い煩っていたら、いつかそれすら、理人さんを悲しませてしまうことになるのだろうか。

「平気よ。理人だって立派な大人なんだから。雨音の思いだってきちんと受け止めてくれる」

暖花さんはそう言うけれど、この気持ちを打ち明ければ、彼を傷つけることは分かりきっている。
そんなこと、できるわけがない。

私、もうどうすればいいの。

「とにかく、今日は疲れたでしょう? 理人には私から連絡しておくから、雨音はもう休みなさい」

「……迷惑かけてごめんね」

「やだ、迷惑なんて思ってないわ。私は二人のお姉さんなんだから。なんでも頼っていいのよ」

暖花さんは詳しい話を聞くことなく、それからずっと私のそばにいてくれた。

彼女は優しい。
美人で、気が利いて、大人で、私にはない素敵なものをたくさん持っていて、理人さんが彼女を好きだった理由が痛いほどよく分かる。
たとえ私が理人さんの家族ではなかったとしても、私は彼と釣り合うような人にはなれなかっただろう。
暖花さんのような、そんな女性には。

勝手に卑屈になりながら横になり、借りたブランケットを頭まで被る。
今日はもう、何も考えたくなかった。
目を閉じて、疲れに身を任せながら眠りに就く。
うとうととした微睡みのなか、私を呼ぶ理人さんの声が聞こえたような気がした。



それから結局、私は暖花さんのところで二日もお世話になってしまっていた。
ずっとここにいていいと言ってくれた彼女の言葉に甘え、学校も同じだけ休み、マンションの中に籠っている。
しかしこのままいつまでも厄介になっているわけにもいかない。