心が千切れてしまいそうな心地になり、たまらず視線をそらす。
すると、いつものようにソファーで横になっていたキルシェと目が合った。
彼女のその不思議な目はいつも、まるですべてを見通しているかのような色をしている。
その目に向かって微笑み、私は「しー」と口元に人差し指を寄せた。
大丈夫だよ、キルシェ。
春になったら、私は東京に行く。
新しい環境に身を置いて、理人さんとの距離が離れれば、いずれこの想いだって薄れていくだろう
それまであとたった半年、隠し通せばいいだけ。
彼の長年の苦しみに比べたら、なんてことない期間だ。
だから、大丈夫。
大丈夫。
「どう? 勉強ははかどってる?」
二人で夕食を食べていると、突然、理人さんは私にそう尋ねた。
当たり障りのない話のはずなのに、彼に声をかけられると、私は思わずぎくりとして言葉を詰まらせてしまう。
「……うん。まあまあかな」
「そう? それならよかったわ。分からないところがあったら、いつでも頼ってちょうだいね」
穏やかにそう言った理人さんの表情を、半ば恨めしく思いながら見つめる。
まさか「あなたのことで頭がいっぱいで、何も手についていません」なんて言えるはずもない。
苦々しい気持ちを抱えながら、こっそりとため息を吐いていると、私はハッと夕方の一件のことを思い出した。
そうだ、あのことをきちんと弁解しておかなければならなかったのだ。
「あの、さっきのことだけどね。私がレンガにつまづいて転びそうになったのを、颯司くんが咄嗟に助けてくれてただけなの。別に抱き合ってたわけじゃないんだよ」
早口に事情を説明すると、理人さんはきょとんとした顔をした。
「あら、そうだったの? アタシったら、てっきり二人のお邪魔をしちゃったんだと思ったわ」
ふふっと軽やかに笑った理人さんは、私が案じていたとおりの誤解をしていたらしい。
もしかしたら彼に、“私は颯司くんのことが好きなのだ”と思われてしまったのではないかと、夕方から気がかりでいたのだ。
あんな場面を目にしたら、そう思われたって不思議ではない。
むしろ誤解されたままの方が都合がいいのかもしれないとも考えた。
そうすればきっと、理人さんも自分に恋情が向いているなんて思わないだろうから。
けれども、やはり好きな人にそんな誤解をされたくないという乙女心の方が勝ってしまい、こうして不自然な弁解をすることにしたのだ。
ともあれ、早めに誤解を解くことができてよかった。
そう思いながら静かに胸をなで下ろしていると。
「でも、もしも颯司が雨音の恋人だったなら、アタシは安心してあなたを任せられるわね」
「え……?」
彼は何食わぬ顔で、そんな言葉を口にした。
「だってあの子、ぶっきらぼうなところはあるけど、根はとても優しい子でしょう? 颯司ならきっと、あなたのことを大切にしてくれるはずだもの」
「もう。だから私と颯司くんはただの友達なんだってば」
「今はそうでも、いずれどうなるかなんて分からないわよ?」
そう言ってくすくすと笑う理人さんに対し、私はむりやりに口角を上げ、楽しそうな振りをすることしかできなかった。
彼が私の気持ちを知らず、冗談を言っていることくらい分かっている。
けれど、重なっていく彼の言葉のひとつひとつに、私の弱い心はひびを入れられていくようだった。
すると、いつものようにソファーで横になっていたキルシェと目が合った。
彼女のその不思議な目はいつも、まるですべてを見通しているかのような色をしている。
その目に向かって微笑み、私は「しー」と口元に人差し指を寄せた。
大丈夫だよ、キルシェ。
春になったら、私は東京に行く。
新しい環境に身を置いて、理人さんとの距離が離れれば、いずれこの想いだって薄れていくだろう
それまであとたった半年、隠し通せばいいだけ。
彼の長年の苦しみに比べたら、なんてことない期間だ。
だから、大丈夫。
大丈夫。
「どう? 勉強ははかどってる?」
二人で夕食を食べていると、突然、理人さんは私にそう尋ねた。
当たり障りのない話のはずなのに、彼に声をかけられると、私は思わずぎくりとして言葉を詰まらせてしまう。
「……うん。まあまあかな」
「そう? それならよかったわ。分からないところがあったら、いつでも頼ってちょうだいね」
穏やかにそう言った理人さんの表情を、半ば恨めしく思いながら見つめる。
まさか「あなたのことで頭がいっぱいで、何も手についていません」なんて言えるはずもない。
苦々しい気持ちを抱えながら、こっそりとため息を吐いていると、私はハッと夕方の一件のことを思い出した。
そうだ、あのことをきちんと弁解しておかなければならなかったのだ。
「あの、さっきのことだけどね。私がレンガにつまづいて転びそうになったのを、颯司くんが咄嗟に助けてくれてただけなの。別に抱き合ってたわけじゃないんだよ」
早口に事情を説明すると、理人さんはきょとんとした顔をした。
「あら、そうだったの? アタシったら、てっきり二人のお邪魔をしちゃったんだと思ったわ」
ふふっと軽やかに笑った理人さんは、私が案じていたとおりの誤解をしていたらしい。
もしかしたら彼に、“私は颯司くんのことが好きなのだ”と思われてしまったのではないかと、夕方から気がかりでいたのだ。
あんな場面を目にしたら、そう思われたって不思議ではない。
むしろ誤解されたままの方が都合がいいのかもしれないとも考えた。
そうすればきっと、理人さんも自分に恋情が向いているなんて思わないだろうから。
けれども、やはり好きな人にそんな誤解をされたくないという乙女心の方が勝ってしまい、こうして不自然な弁解をすることにしたのだ。
ともあれ、早めに誤解を解くことができてよかった。
そう思いながら静かに胸をなで下ろしていると。
「でも、もしも颯司が雨音の恋人だったなら、アタシは安心してあなたを任せられるわね」
「え……?」
彼は何食わぬ顔で、そんな言葉を口にした。
「だってあの子、ぶっきらぼうなところはあるけど、根はとても優しい子でしょう? 颯司ならきっと、あなたのことを大切にしてくれるはずだもの」
「もう。だから私と颯司くんはただの友達なんだってば」
「今はそうでも、いずれどうなるかなんて分からないわよ?」
そう言ってくすくすと笑う理人さんに対し、私はむりやりに口角を上げ、楽しそうな振りをすることしかできなかった。
彼が私の気持ちを知らず、冗談を言っていることくらい分かっている。
けれど、重なっていく彼の言葉のひとつひとつに、私の弱い心はひびを入れられていくようだった。